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 筆者は多くのDX(デジタルトランスフォーメーション)に関する講演や研修を行っており、その中に「ビジネス発想力研修」というワークショップ型プログラムがある。これは1日または半日×2日間コースで、受講者がスマートフォンを使ってネット上の情報をヒントに、DXの観点から課題を解決する企画を考え発表をしてもらうものだ。

 この研修は「マインドセット研修」という名前で、2019年から始め2022年で4年目になる。もともと住友生命保険のシステムエンジニア向けに始めたものであるが、今では住友生命保険だけではなく社外の企業や地方自治体などを対象に数多く開催している。

 マインドセット研修は1コマ30分~1時間半の4つのワークショップから成り、グループでプログラムを進めていく。1つのグループは4~6人で構成する。人が持つ判断基準や常識を意味する「マインドセット」を「DX時代に合わせて見直す」ことが目的のため、マインドセット研修と呼んでいる。

 この研修は受講者のリスキリング(学び直し)にも貢献している。講師を担当する筆者が得た教訓は、新しいことを学ぶリスキリングには「学びの仕掛け」が必要だということだ。学びの仕掛けとは筆者が使っている言葉で、新しいことを効率的に学んでもらうための要素である。

 研修では学びの仕掛けを使い、学習効果を高める工夫をしている。その1つに「理解したつもりの排除」がある。研修では、DXを知っていると答えた受講者よりも、DXをほとんど知らないと答えた受講者のほうがより高い評価を得ることが多い。なぜそうなるのかを説明しよう。

「理解していない自覚」がDXの理解を深める

 業務を遂行するためには、その業務に必要な知識を理解していること、また、足りない知識があれば、理解を深めながら仕事をすることが必要になる。しかし「理解している」と本人が思っても、本当に理解できているとは限らない。この「理解している自覚」がさらなる理解を阻害する要因となる。

 なぜなら、人は自分が十分理解しており、困っていないと認識すると、さらに深く理解する必要性を感じず、それ以上理解を深める努力をやめてしまうからである。その結果、業務遂行に必要な水準まで深く理解することができなくなる。

 マインドセット研修で実際に起こるのは、DXについて「知っている」と自覚する受講者は自分の理解の範囲内でしか課題を考えないので高い評価が得られない、ということだ。一方DXを「知らない」と自覚する受講者は、スマホで何でも調べて考えるので、より多くの情報を使って課題を考えることができる。

 これが、DXをほとんど知らないと答えた受講者(理解していない自覚を持つ人ともいえる)のほうがより高い評価を得ると筆者が考える理由である。「理解していない自覚」が、学びの仕掛けの1つとなる要素だ。そして、もう1つの要素は「学習動機」である。

学習動機と「理解していない自覚」の関係

 例えば商品を売ることを仕事にしているセールス担当者には、業務遂行上の理由から、商品知識を学ぶ明確な学習動機があると考えられる。ただし、何回も売ったことがある既存商品の知識ではなく、売ったことがない新商品の知識を学ぼうとするだろう。新商品の知識については「理解していない自覚」があるからだ。

 また、経理部門のように直接商品を販売しない部門の担当者は、既存商品・新商品共にそれらに関する知識への学習動機は高くないだろう。一方で、自分の本業である経理関係の知識への学習動機は高いはずである。それがないと実務に支障があるからだ。

 経理担当者にとっての商品知識は、「理解していない自覚」はあるが、積極的に学ぼうとは思わないものだ。つまり、何かを学ぶ場合、まず「学習動機」が高いことが重要になる。それが低ければ、「理解していない自覚」があっても学習はうまくいかないことになる。

「学習動機×理解していない自覚」のマトリックス。学習したことが身に付くのは、実はA象限に属するグループだけだ
「学習動機×理解していない自覚」のマトリックス。学習したことが身に付くのは、実はA象限に属するグループだけだ
(筆者作成)
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 営業部門のように、商品を売ることが仕事の場合は、新商品への知識を学ぶ動機付けはあまり必要ない。だが、経理部門にそれを学んでもらうためには、強い学習への動機付けと「理解していない自覚」を持たせる必要がある(象限C、D→象限Aへの移動)。

DXを学ぶ動機があるか

 「全社向けDXのリスキリングでeラーニングをやらせているが、何年たっても成果が見えない。どうすればいいか」。セミナーでの質疑応答などで、DX推進担当者からよく聞かれる。その答えはこれまでの説明でお分かりであろう。DXの「学習動機」が低く、DXを「理解していない自覚」が足りないのだ。

 営業担当者は営業で自分に足りないと自覚した知識を学び、経理部門の担当者は、経理の業務で足りないと自覚した知識を学ぶ。それは他の部門も同様であり、自分の仕事に必要で、かつ、足りないと自覚した知識を学ぶのである。