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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を10回にわたり分かりやすく説明する。初回と次回は、一見捉えどころのないDXという概念を腹落ちする要素に分解し、DXの基本として知っておくべきことを提示する。

 筆者は住友生命保険で2021年4月より「デジタルオフィサー」という役職で仕事をしている。担当業務は全社デジタル戦略の草案作成、個別デジタル案件の企画・執行、社内関係部門への助言、社外を含めたデジタル人材の育成活動、さらに社外とのデジタル案件の協業や住友生命の主たるDX型商品である健康増進型保険「Vitality(バイタリティー)」を世の中に広げる活動などを行っている。

 この仕事を始めるようになってから社内および社外のDXについて常に考えるようになった。その中でDXに必要なことは何か、なぜ失敗してしまうのか、どうしたら成功するのか、どのようにデジタル人材を育てたらいいのかが分かるようになった。そこで、これらを広く伝えようと思っている。

DXに欠かせない「ビジネスの仕掛け」

 日本の生命保険ビジネスにおいて従来型のシステム開発とシステム企画を長く担当してきた筆者にとって、「健康」という顧客体験価値にフォーカスした保険商品・サービスであるVitalityの開発はいろいろ衝撃的であった。

2018年にローンチした住友生命保険の「Vitality」の概要と価値。歩数データや健康診断結果を利用することで保険料が変わるという内容はそれまでになかった。南アフリカDiscovery社との共同事業で、筆者は5年前から開発に携わる
2018年にローンチした住友生命保険の「Vitality」の概要と価値。歩数データや健康診断結果を利用することで保険料が変わるという内容はそれまでになかった。南アフリカDiscovery社との共同事業で、筆者は5年前から開発に携わる
(出所:住友生命保険)
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 住友生命では全く経験がなかった「文化の違う海外企業との共同プロジェクト」「多少の不具合ならリリースしてしまう品質に関する考え方の違い」「ウォーターフォール(仕様変更の少ないタイプの開発)しかやったことのないのにアジャイル(短期間で検証を繰り返して成果を出す手法)を使った開発」「本格的なスマートフォンアプリの実装」などが挙げられる。これらは今後の回で触れることにする。

 なかでも痛感したのはDX企画・推進に欠かせない「ビジネスの仕掛け」に関する知識の不足である。

 開発着手から5年後の現在、筆者は社外活動(学会)でデジタル人材育成も行っており、年間数十のセミナーや研修を行っているが、いつも受講者から聞かれることがある。それは「DXの推進担当になったが、何を学べばよいか分からない」というものだ。

 同じような質問は他にもある。「DX企画人材のスキルセットには何が必要か」「DXプロジェクトを進めるために、どのような知識が役立つか」などである。この答えは簡単だ。データ、デジタルに加え、ビジネスの仕掛けである。これが特に重要だ。

 ビジネスの仕掛けとは筆者が使っている言葉で、ビジネスモデルやマーケティング、消費者行動と価値の変化(モノ消費からコト消費など)やビジネスに影響を与える手法などのことだ。

 例えばプラットフォームというDXではおなじみの言葉がある。「プラットフォームと言えばアマゾン、楽天、メルカリ、ヤフー……」という文脈などで使われる。

 では、プラットフォームを作るためにはどのようなことを知っている必要があるだろうか?何に関する知識を持っていればよいだろうか?筆者は現場で多くの人にこのような質問をする。返ってくる答えは、だいたい3パターンになる。

プラットフォームの誤解、3つのパターン

 1つ目は苦笑いして黙ってしまうパターンである。「そもそもプラットフォームに必要な要素なんて考えたことないよ」という反応だ。人は思ってもいないことを不意に聞かれると苦笑いする。余談だが、筆者はパラレルキャリア(社外での活動)で教育研究もしている。そこで「質問することで行動変容を引き出す」手法をよく使う。

 最初は苦笑いするものの2回目、3回目にも不意となる質問をすると、された側は次第に答えるようになる。人は不意に知らないことを聞かれると心理的に快くない状態になる。だから不快な状態にならないため回答できるように行動する。これを繰り返すとそれまで知らなかったことを知るようになるものだ。

 2つ目は、少し考えて、「ネット関係の知識が必要。アマゾンみたいなEC(電子商取引)サイトに強いなど、ネット系に強いこと」と答えるパターンである。プラットフォームと言えばアマゾンという強固な刷り込みを持つステレオタイプだ。多くの人がプラットフォームと聞けばネットに結び付ける。筆者も以前はそうだった。

 これはある意味正しい。プラットフォームはネット(デジタル)と相性が良いので「プラットフォーム=デジタル」というのは正しいが、プラットフォームはデジタル世界だけのビジネスの仕掛けではない。例えばデジタルでないプラットフォームの代表は、ゲーム機とソフトの関係のエコシステムと言われる。

 基盤となる製品とそこで使える多くの製品が組み合わさって大きな価値をもたらすものを「プラットフォーム型ビジネス」と呼ぶ。ベースであるゲーム機とソフトが組み合わさり大きな価値を持ち、客を集め、そのゲームのエコシステムが人気になると、さらに買う客とソフトが増える。これがプラットフォーム型ビジネスだ。

 しかし、多くの人はプラットフォームの本質まで突き止めようとせず、「アマゾンや楽天、メルカリ、ヤフーのようなプラットフォームが作りたい」と言う。それでは思考停止してしまい、先に行くことができない。大事なのは、プラットフォームの本質を理解し、何をすればプラットフォームが作れるかを知ることだ。

 3つ目は、「プラットフォームなんて米アマゾン・ドット・コムみたいな会社だからできる。普通の会社には絶対できない」と答えるパターンである。これは自分や自社では絶対無理だと思考停止してしまう状況であるが、このような人は、実は「プラットフォームを作るのはさほど難しくない」ことを理解していない。