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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を10回にわたり分かりやすく説明する。今回は、現場に向けてよく使われる「DX」という言葉の曖昧性に起因する弊害について述べたい。

前回記事 DXは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」でできている

 DXという言葉が話題になり始めたのは、今から3年くらい前の2018年ごろで、その後火を付けたきっかけは恐らく経済産業省の「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」である。その前から、情報感度の高い人はDXという言葉を知っていたが、日本の多くの企業ではDXという言葉は耳慣れないものであったと思う。

 住友生命でも、DX型健康推進保険「Vitality」をつくり始めた2016年初頭にはDXという言葉は一般的でなく、そのような保険(DX型商品)を開発している自覚はなかった。あくまで歩いたり、運動したり、健康に良い活動をするとポイントがたまり、ご褒美がもらえる健康増進サービス付き保険を開発していたということだ。

 しかし、Vitalityをローンチした2018年ごろからだったか、DXに関するWeb記事が多くなり、その後は加速度的に増えていった。この流れの大きなきっかけになったのが前述の「DXレポート」であることは間違いない。SNSやネット記事でいろいろな意見が飛び交ったからだ。

 「2025年の崖」はそれまで有識者の特別なものであった「DX」という言葉を一般の人にも近しいものにし、DXに関する書籍も多く出版され始めた。しかし、現場では混乱が始まった。DXの説明がいろいろあり過ぎて、結局何なのかが分からない状態を生み、それが今も続いているからだ。

「DX」という言葉を使うとうまくいかない

 最初に結論から言うと、「DXという言葉を使うといろいろとうまくいかない」ことが多い。筆者が現場でよく見聞きしてきたのが「手段の目的化」である。

 DXとは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」を使った経営改善・改革であり、経営上の改善や改革が先にある。最初に経営上の目的があり、その実現手段として「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」がある関係だ。これをしっかり理解する必要がある。

DXの構造。「企業の経営目的」が先にある。「データ・デジタル・ビジネスの仕掛け」は「企業の経営目的」を支える手段だ
DXの構造。「企業の経営目的」が先にある。「データ・デジタル・ビジネスの仕掛け」は「企業の経営目的」を支える手段だ
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 DXは企業の経営目的とその手段としての「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」で成り立ち、その具体策は企業のビジネスバリュー(事業上の価値)によって異なる。これは会社ごとに千差万別であるゆえ、万能な唯一無二のDXはない。

 「万能な唯一無二のDXはない」とはどういうことか。筆者は保険業界に身を置いているので、保険商品を例に引いてみたい。

自動車保険2社の異なるビジネスバリューとDX

 自動車保険を考えてほしい。自動車保険はもともと販売店(ディーラー)や町の修理店(民間車検場)などで販売していた。今もこの販売チャネルがメインであるA社がある。そこにネットで自動車保険を販売するネット損保B社が現れた。

 このA社とB社のバリューチェーン(価値の連鎖)は異なる。A社は「良い保険商品」から「全国の多くの販売チャネル」「丁寧で親切で迅速なアフターサービス」「早く簡単な支払査定・手続き」などがビジネスバリューを構成するといえるだろう。

 後者であれば、「良い保険商品、安い保険料」から「ネット検索で上位に出てくる」「コンテンツが丁寧、訴求力がある」「登録しやすい画面、素早い加入手続き」「丁寧で親切で迅速なアフターサービス」、「早く簡単な支払査定・手続き」などになる。

ビジネスバリューを構成する価値連鎖の例
A社(従来型損害保険)B社(ネット専業保険)
保険商品の特徴 良い保険商品 良い保険商品
安い保険料
チャネル 全国の多くの販売チャネル ネット検索で上位に出てくる
コンテンツが丁寧・訴求力がある
登録しやすい画面
素早い加入手続き
アフターサービス 丁寧・親切・迅速なアフターサービス 同左
支払手続き 早く簡単な支払査定・手続き 同左
(筆者作成)

 A社とB社ではDXの在り方は異なる。A社は全国の販売チャネルで自動車保険を販売する「人の価値」がバリューである。従って、人の価値にフォーカスしてデジタル化し、新しい価値を生み出す方向でDXを考えることが必要だ。

 また、A社には、ネット損保になるという選択肢もある。この場合、既存チャネルとの関係やネットだけで今の売り上げを維持できるかの経営判断はあるものの、ネット損保に移行する場合のDXは、ディーラー経由販売とは異なるものになるだろう。