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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を10回にわたり分かりやすく説明する。

 DXという言葉を使うとうまくいかない――。その理由は、DXという言葉で思考が停止し、目的と手段の関係を見失うからだと前回説明した。今回は逆説的であるが、DXという言葉を定義しないといろいろなDX解釈が生まれて混乱することを、筆者が現場で経験した事例を使って説明する。そしてDXを社内共通語として同じ認識レベルにするため、筆者が考える「5段階のレベル分け」を提案したい。

前回記事 DXに万能な唯一無二の方法はない、現場での「はやり言葉」は不要

現場で発生する多種多様なDX

 DXを推進するためには、自社の経営上の目的を明確にした上で、それをどのような手段で進めていくかを考えることが必要である。「自社のDXの定義」を理解し、進めるべきDXとは何かを具体的に決めることが欠かせない。

 それを理解していないと、「DXという言葉」の持つ曖昧性により、人によってDXの意味が異なる、多種多様な事象が発生する。「上司の言うDX」「部下の思うDX」「社長のやりたいDX」「システム部門の理想のDX」という具合に、全て異なるものをイメージすると、プロジェクトは前に進まなくなる。

 DXには明確な世界的定義はない。日本では経済産業省「デジタル経営改革のための評価指標(DX推進指標)」における定義が使われるようになっている。この定義自体がとても曖昧なので、広く解釈されてしまい、多くの人が異なるものをイメージしてしまうのだ。

経済産業省の「DX推進指標」におけるDXの定義

 企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

出所:経済産業省「DX推進指標」とそのガイダンス(2019年7月)

 筆者らのチームがDX型健康増進保険「Vitality」を進めたときを例に引こう。実際に筆者の会社における初期のDX検討(2018年)では最初、社内で意見が分かれたものである。ある部長は「DXとは既存業務をデジタル化すること」と言い、別の部長は「DXはビジネスモデルを含めた経営改革なので、部長レベルではなく経営問題として方針を決めないと進まない」と主張した。

 「DXをしよう」や「DXを進めよう」というと、「既存業務のデジタル化」なのか、「新しいビジネスモデルによる経営改革なのか」で現場が迷い、「何から始めるべきか」を議論して終わらない状況になる。結果、「DXの事例を調べてみよう」と事例探しに時間を費やすことになる。

 これを避けるためには、「自社ビジネスで何を達成するのか」を明確にして、経営トップから現場までしっかり考えて「自分事」にすることが必要である。DXという言葉を先行させず、経営目的を考えて、データやデジタルやビジネスの仕掛けを手段として使う。これが必要なのである。

「DXの定義」を永遠に議論する現場

 「DXとは何か」を考えるようになった現場では、DXの定義を永遠に議論するようになる。DXに似た言葉に、「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」がある。これらは既存のビジネスモデル内でのデジタル化を意味する。ビジネスモデルを刷新し、価値創造をするDXとは異なるものであるが、これが定義問題をややこしくする。

 「それはDXではなく電子化だ」「デジタイゼーションとデジタライゼーションの違いは顧客価値があるか否かだ」「DXまでいかないデジタル化でとどまって、真のDXが実現できていない」などの文脈が現場で話し合われることになる。

 しかし多くの企業は、デジタイゼーションなのか、デジタライゼーションなのか、デジタルトランスフォーメーションとの区別がついていないのが現実だ。

2つの「デジタル化」の違い
意味
デジタイゼーション 既存業務の一部をデジタル化すること 人手による入力をRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)に代替して効率化する など
デジタライゼーション 業務全般を一貫してデジタル化すること 紙による申し込み手続きをWebサイトでできるようにする など
(筆者作成)

 たとえ企業内の有識者が「DXとデジタル化の違い」を理解していても、多くの人がそうでなければ組織としては通じない。ある人は「ビジネスモデルの転換が伴い、社会や人々の生活を向上させる効果をもたらす大規模なもの」をイメージし、ある人は「単に紙の申込書の電子化」とイメージする。

 実は企業の現場でこれらを厳密に分けて理解してもらう必要はない。そもそも「ビジネスモデルを変える経営改革」ならば、そう説明すれば誤解がないし、「紙の申込書の電子化」なら、「○○の電子化」と説明すればよい。「DX」という言葉を使うから混乱する。筆者は、これらの定義問題がDXを難しくしている原因の1つと考えている。