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 住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を10回にわたり分かりやすく説明する。

 前回は「DXをやろう、DXを進めよう」というと現場が何をしてよいのか分からず、混乱し、永遠に事例収集や定義を議論してしまうことを説明した。そして社内の「共通言語」としてのDXを5段階でレベル分けするという提案をした。今回は、もう少し「手段としてのDXが目的化すること」を深掘りしたい。なぜそうなるのかが分かれば、DXに取り組む際に「正しい問い」を立てられる。

前回記事 DXの定義を議論するのは不毛、「5段階」のレベル分けを提案する

DXを誤解する具体例

 DXを推進する立場の人はDXの表面的内容や手段ではなく、DXの「本質」を理解しておく必要がある。そうでないと、「AI(人工知能)という手段は導入したけれど、DXで実現すべき成果が出なかった」「データ分析環境やツールは購入したが、何の分析結果も出ず、ビジネスに生かせなかった」という失敗を招く。

 DXは特定の問題解決や経営改善手法を意味するものではなく、「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」を使った業務改善・ビジネス改革のことだ。従って、導入する企業によって実施内容が異なる。経営は各社それぞれであり、ビジネス改革も各社それぞれである。

 DXの本質とは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」を使って経営課題をどう解決するかという、企業の経営に対する行動そのものである。DXがうまく進まない事例を調べてみると、その原因はさまざまであるものの、DXの本質が理解できておらず、手段を本質と誤解しているケースが多い。残念ながら、誤解したままのめり込んでいるわけだ。

 誤解の具体例は、大きく3つのパターンに分けられる。いずれも筆者の経験から多くの現場で起こっていると言える。(1)米Google、米Amazon.com、米Facebook(現Meta)といった勝ち組企業のビジネスモデルをまねることがDX、(2)データ分析やロボットといった技術や概念を導入することがDX、(3)リードナーチャリング(獲得見込み客と接点を持ち続け、購入意欲を高めていく活動)などデジタルを使った顧客誘導手法を導入することがDX――といったものだ。

DXの誤解パターン
パターン説明
(1)成功事例型勝ち組企業のビジネスモデルの模倣Google、Amazon.com、Facebook(現Meta)、米Apple、米Uber Technologiesのサービス、メルカリ、米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)、コマツのスマートコンストラクション など
(2)技術概念型技術や概念の導入スマホアプリ、データ分析、SNS、AI、ロボット、自動運転、MaaS、ドローン、5G、スマートシティー など
(3)手法型デジタルマーケティングなどの導入O2O、OMO、リードジェネレーション、リードナーチャリング、スコアレンディング、クラウドファンディング など
(筆者作成)

 特に「技術概念型」と「手法型」は新しい概念、用語の種類も多く、かつ導入に成功した企業や団体がDXで使っていることが多いため、本質と誤解されることが多くなる。「データ分析、SNS、AI、ロボット、自動運転、MaaS、ドローン、5G、スマートシティー」――。どれも魅力的でワクワクする言葉である。

 また、「O2O、OMO、リードジェネレーション、リードナーチャリング、スコアレンディング、クラウドファンディング」などもビジネスがうまくいきそうな言葉である。しかし、これらは「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」の具体例であり、あくまで手段として使うものである。これ自体が目的にはなりえない。

DXの構造(再掲)。大事なことなのでいま一度思い出そう。企業の経営目的がまず存在する。「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」は手段
DXの構造(再掲)。大事なことなのでいま一度思い出そう。企業の経営目的がまず存在する。「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」は手段
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 本質である「経営課題をデータとデジタルとビジネスの仕掛けを使って解決する」のではなく、まずは手段ありきになる「手段の目的化」を引き起こす。これを避けるためには、DX導入を成功させる要素を理解し、「経営目的の設定」をしてから「手段の選択」を実施する必要がある。