住友生命保険は現在、DX(デジタルトランスフォーメーション)人材の育成を推進している。その活動の中心で、DXを起こすこととその方法について現場で試行錯誤してきた筆者が、DXの勘所を10回にわたり分かりやすく説明する。
前回は「手段を目的にする誤ったDX」についてその弊害を説明した。そしてなぜDXの目的化が起こるのかを深掘りし、DXを語る際の正しい問いの立て方を提案した。今回は、DXにおける正しい目的と手段の関係を、事例を使って説明する。そして手段となるデータ活用についてのヒントを提案したい。
前回記事 DXにのめり込む人へ問う、「手段を目的にする誤ったDX」はこう正すDX型保険「Vitality」の「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」
DXの目的と手段、そして今まで説明した「データ、デジタル、ビジネスの仕掛け」の関係を事例で考えてみたい。具体的な商材をイメージすることで、自らのビジネスに適応するための「頭の体操」になる。
筆者は住友生命保険のDX型健康増進保険である「Vitality」を担当しており、3年前にローンチしたVitalityの顧客価値向上のための案件を主とした多くのデジタル案件も推進している。
VitalityはDXを実現したサービスであり、データ、デジタル、ビジネスの仕掛けが詰まっている。まずは、ビジネスの仕掛けである。最も特徴的なものは「ナッジ理論」の応用だ。これは行動経済学の言葉で、「肘でつつく」から来ている。
その意味は、人の気持ちを刺激して行動を促すということであり、Vitalityはナッジを多く使っている。例えば、Vitalityの加入者は運動をすることでポイントを得て、ステータスが決まり、ゴールドやシルバーステータスになると保険料が安くなる仕組みになっている。これが行動の動機になる。
それだけでなく、Vitalityは最初から保険料を割り引いて、その後運動などの健康に良い活動をしないと保険料が上がるようになっている。これは、最初に保険料を割り引くことで、後で保険料が高くなることを嫌がる人間の性質(損失回避の法則)を利用したものだ。
また、運動を続けてもらうために、さまざまなご褒美特典(リワード)によって行動モチベーションを刺激することや、射幸性を刺激するルーレットによるゲーム性機能も活用している。
デジタルとしては、マイクロサービスを多用したスマートフォンアプリとシステムを利用している。ウエアラブルデバイスによる自動歩行数、心拍収集機能や、加入者の食事内容、たばこ/飲酒習慣、ストレスなどに関するアンケートデータ収集、スマホで撮影した健康診断書などの書類をAI(人工知能)認識してのポイント計算など、デジタルを使わないとできないサービスになっている。
さらに、データ活用においては、加入者が日々歩く/走ることに関するデータ、心拍データ、年単位の健康診断書による血圧、BMI(体格指数)、コレステロール、たんぱくなどに関するデータを持ち、健康維持、アドバイスなどに利用することにしている。
このようにVitalityは、加入者が楽しく運動できるという「ビジネスの仕掛け」を「デジタル」を使い、「データ」を活用することでできたDX型商品・サービスだ。
健康弁当のデリバリー事例で考える
Vitalityは健康増進と保険という仕組みで実現しているDX事例なので、前提知識がない人には、ややイメージしづらいかもしれない。そこで、もっと身近な商品を取り上げる。それは誰もが日常的に買うお弁当だ。
登場するのは弁当を製造販売する企業Aだ。A社が、新しい弁当商品を開発して、顧客を増やしたいと考えた。(1)高齢者向けに、(2)不足している栄養素を補えるような健康弁当を投入し、(3)自分の足で歩けない高齢者宅にも配達する新ビジネスである。