新規事業の「種」を探す大企業と自社の技術を世に問いたいスタートアップ。両社が出会い、共に果実を得るのは容易ではない。DX機運の高まりとともに、幸せな協業を目指す動きが加速している。
義足を付けて階段を上る男性。その足取りは、一見すると健常者のそれと大差ない。実はこの義足、モーターやバッテリーを内蔵し、義足自体が動力を出して利用者の動きを支える。その名も「パワード義足」だ。
既存の義足と何が違うのか。同製品の企画、設計、開発を手掛けるロボット技術スタートアップ、BionicM(バイオニックエム)の関口哲平取締役COO(最高執行責任者)は「普通の自転車と電動アシスト自転車の関係と思ってもらうと分かりやすい」と話す。
BionicMはヒトの足の筋肉に近い動きをする特殊な機構を開発し、特許も取った。制御用アルゴリズムを工夫し、「利用者の動きを検知して最適な力とタイミングでアシストする」(関口COO)。試験利用者は当日のうちに交互に足を出して歩けるようになり、3日後には自然に階段を上れるようになったという。
互いにない部分を補完
ただ、BionicMがパワード義足を広く世に送り出すためには足りないピースがあった。高い品質を保って量産する製造能力だ。
そこで手を組んだのが精密モーター製造のシナノケンシ。パワード義足の製造を担う。出荷は2022年1~2月ごろで、価格は300万円程度と、動力を持たない従来型の電子制御義足のハイエンドモデルと同程度を想定する。
両社は関東経済産業局が主催する共創促進事業を通じて出会った。シナノケンシが共創パートナーを公募し、BionicMが手を挙げた。
BionicMが期待したのはシナノケンシの製造能力だ。関口COOは「スタートアップが製造工場をいきなり持つわけにはいかない。外部と組んで足りない部分を補完できれば、スタートアップでも大手と渡り合えると考えた」と振り返る。
関口COOはシナノケンシが持つ静音化や小型化のノウハウにも注目した。「人が使う義足は静かでなければならない。義足の製造に加えて、さらなる静音化や小型・軽量化もサポートしてもらえるのではないか」。
シナノケンシにとってもBionicMとの共創は渡りに船だった。主力商品のモーターはコモディティー(日用品)化が進み、中国企業などとの価格競争が激しい。
自社独自の新製品や新規事業の開発にも取り組んできたものの、「多様化する消費者のニーズを迅速に捉えるには、自社だけだとスピードもコストも見合わない」(シナノケンシの金子行宏常務開発技術本部本部長)。
BionicMと組むことで「人の近くで使うための部品を作る当社の技術力を生かし、これまで手掛けていなかった義足という分野に進出できる」(同)。