岩手県の伝統工芸品である南部鉄器を造るタヤマスタジオ(盛岡市)は、ベテラン職人の思考を再現する人工知能(AI)の開発を進めている(図1)。若手が製造にまつわる不具合の原因などを素早く学べるようになり、従来10年程度かかっていた下積み期間の短縮が期待できる。順調に職人が育てば、海外など新市場の開拓を加速できそうだ。
タヤマスタジオ代表取締役社長の田山貴紘氏の父で、南部鉄器伝統工芸士会会長の田山和康氏の思考の再現を目指した(図2)。以下のような流れでノウハウをAIに組み込んだ。製造業向けのAIサービスを手掛けるスタートアップLIGHTz(ライツ、茨城県つくば市)が支援している。
まず、南部鉄器を造る上で和康氏が重視するポイント10個の詳細について、LIGHTzが約10時間かけてヒアリングした。例えば、和康氏が重視するポイントの1つは「使いやすさ」だった。使いやすさの意味をブレイクダウンすると「お湯の沸く速さ」「注ぎやすさ」などがある。お湯の沸く速さは素材の熱伝導性が関係するので、素材選びも大事な要素だと見えてくる。
次にヒアリング結果を基に、南部鉄器にまつわる重要なキーワードを選び、そのキーワードに関連する(影響を与える)要素なども併記したデータベースを作成する。例えば「注ぐ動作」というキーワードに対しては「鉄器の外形」や「重心」を影響の大きな要素として書き出した。
こうして作成したキーワードと関連要素のデータベースを「設計構造化マトリクス」(DSM)手法などを用いて分析する。DSMは複雑な系に内包されるさまざまなパラメーターの因果関係や相互依存関係を分析する手法で、これによってキーワード同士の関係性を整理できる。
熟練者の思考を再現
こうして抽出した情報(和康氏の思考)をAI化するのには、LIGHTzが技術伝承を想定して開発したAIシステム「ORGENIUS(オルジニアス)」を活用した。オルジニアスはビッグデータを解析するAIとは異なり、熟練者の思考回路を可視化した「ブレインモデル」という独自のネットワーク図を言語解析型AIに教え込むことで、熟練者の知見を活用できるようにしている。
まず、ヒアリング情報やDSMによる分析結果をブレインモデルとして可視化する(図3)。関連性の高いキーワード同士を線で結んだネットワーク図で、作業の背景にある思考を含めて職人の頭の中を再現したものだ。「今まで500~600社のブレインモデルを作ってきた経験から、150~250個程度の言葉で人が考えることの全体像を表せると分かっている」(LIGHTz代表取締役社長の乙部信吾氏)という。
このブレインモデルを教師データとして、オルジニアスの言語解析型AIに学習させる。すると、オルジニアスは人間が入力する言葉に対して、関連性の高いキーワードや情報を返せるAIを生成する。
このAIを使えば、経験が浅い若手職人でも熟練者の思考を素早く学べると期待できる。例えば、若手職人は紙に書いた鉄器のデザインを熟練者に見てもらうことがある。従来は、「この部分は変えないといけない」と駄目出しをされても、断片的な言葉でしか説明されないので若手は直すべき理由を正確に理解できなかった。
その断片的な言葉をAIに入力すると、その言葉の裏にある考え方や関連性を知ることができるので、変更が必要な理由のヒントが得られる。熟練者に一から十まで教えてもらわずとも、自主的に学んでいけるわけだ。貴紘氏は「若手と熟練者のコミュニケーションの精度も高まるだろう」と見込む。