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 今、映像制作の現場で2つの新しい技術が注目を集めている。「ボリュメトリックキャプチャー」と「バーチャルプロダクション」(インカメラVFX)である。前者は、カメラを撮影対象の人物などの周囲に多数並べて動画で撮影することで、動きや表情の変化を伴うリアルな3次元のCG(コンピューターグラフィックス)モデルを作る技術。後者は、スタジオ内に設置したLEDウオールに背景のCGを映してその前で演技することで、ロケ現場に行かなくても映画のシーンやCM撮影などを可能にする技術である。こうした新技術は映像の世界をどう変えていくのか。実際にボリュメトリックキャプチャーやバーチャルプロダクションの撮影を手掛けている映像クリエーターである、スタジオブロス 映像開発部リアルタイム3DCGディレクターの田村耕一郎氏に聞いた。(聞き手:内田 泰、東 将大)

田村 耕一郎(たむら・こういちろう)氏。スタジオブロス 映像開発部リアルタイム3DCGディレクター。1978年東京都生まれ。東京造形大学卒。セガ、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント) にて、多数のプロジェクトに参加。主なタイトルは「PANZER DRAGOON ORTA」 「龍が如く」「SIREN:New Translation」「Crimson Dragon」など。2016年にブロスへ入社。2019年より、リアルタイム3DCGディレクターとして、空間デザインを中心に業務を担当。大規模建築やバーチャルプロダクション向けデジタルダブルデータの設計・構築を行っている。
田村 耕一郎(たむら・こういちろう)氏。スタジオブロス 映像開発部リアルタイム3DCGディレクター。1978年東京都生まれ。東京造形大学卒。セガ、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント) にて、多数のプロジェクトに参加。主なタイトルは「PANZER DRAGOON ORTA」 「龍が如く」「SIREN:New Translation」「Crimson Dragon」など。2016年にブロスへ入社。2019年より、リアルタイム3DCGディレクターとして、空間デザインを中心に業務を担当。大規模建築やバーチャルプロダクション向けデジタルダブルデータの設計・構築を行っている。
(写真:日経クロステック)
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田村さんはボリュメトリックキャプチャー技術を使ったダブルダッチ(2本の縄を使って跳ぶ縄跳びスポーツ)の映像作品などに携わっています。この作品では、通常は見られない縄跳び内からの視点で演技の様子を見られたりします。実際に撮影してみて、何を感じましたか。

 今我々は、ダイナミックな変化の入り口にいると感じました。ボリュメトリックキャプチャーで、3次元(3D)かつ時間軸を伴う映像を記録できるようになったことは、今後、人間の体験の質や考え方を変えていく可能性があると思います。

 例えば映像の世界は、1893年に米国のトーマス・エジソン氏がフィルムに現像された静止画を動画としてみせる映写機(キネトスコープ)を公開するなどしてから、20~30年後に映画産業が勃興していったわけですが、映像を記録する媒体を持たない時代の人と比較して、社会の見方や認知能力が変わっていったと考えています。これと同様に、3D空間と時間の両方を記録する媒体と安価な編集技術の実現は、これまでの映像業界とは異なる産業を生み出していく可能性さえあります。

 もちろん、ボリュメトリックキャプチャーの発想自体は以前からありましたし、現状ではデータ容量が巨大であるため、扱える人も限定されています。我々、映像クリエーターから見てようやく「使える解像度」になった段階で、今後の改善も望まれます。普及のためには、ストレージ容量の確保やリアルタイム配信を実現するための通信速度、コンピューティング能力の改善など技術課題の解消が必要ですが、それはそう遠くない時期に実現すると考えています。我々が今取り組んでいること自体には苦労が多く、その歩みも遅いように感じますが、長期的な視点でみると、人間の意識や世界が変わるダイナミックな変化が起きているのではないでしょうか。

田村氏が担当したボリュメトリックキャプチャーを活用したダブルダッチの映像作品。ソニーグループのスタジオで撮影し、それにCGを合成した
(写真:ソニーグループ、撮影協力:プロダブルダッチチーム J-TRAP.)

ボリュメトリックキャプチャーで作成した人間の3DCGモデルと、リアルに似せたフル3DCGモデルとでは映像制作の観点で何が異なるのでしょうか。

 テレビゲームの世界では、既にリアルなCGが使われていて我々も見慣れています。しかし、CGの制作は実写よりはるかに手間とコストがかかります。例えば、今会議で話している様子をCGでリアルに再現しようと思ったら、映像の尺が10分程度でも億円単位の予算が必要です。制作期間も半年はかかります。

 しかも、動いている人間を忠実に再現しようと思ったらこれまでのCGの作り方では大量にはこなせません。一方、ボリュメトリックキャプチャーは、空間そのものを時間変化も含めて短時間に、しかもはるかに少ない手間で記録できます。このように空間を大量にキャプチャーできるようになると、かつての活版印刷のように何らかのブレークスルーが起きると思います。

 あともう1つ、ボリュメトリックキャプチャーは映像素材として使い回しができるのも大きなメリットです。例えば、映画のロケでエキストラを100~200人集めて撮影する場合がありますが、雨が降るなど天候の影響でうまく撮影できないこともあります。これまでの撮影は「1回制」で、労力の無駄もありました。ボリュメトリックキャプチャーでいったん3DCGモデルを制作しておけば、10年後でも20年後でもさまざまに活用できます。

一方、バーチャルプロダクションについてはどうみられていますか。

 映像表現のツールとして有用で、これから発展することはあっても衰退することはないと思います。例えば、2021年10月に公開された短編のオムニバス映画『DIVOC-12』の中の1編「ユメミの半生」は、池袋にあるシネマ・ロサという映画館で撮影したものですが、その一部にバーチャルプロダクションが使われました。狭い映画館のロビーに実際にカメラを入れるとなると撮影できる角度が限定されますが、その場をCG化してバーチャルプロダクションにするとその制約がなくなります。新しい映像表現が可能になるのです。もちろん、コロナ禍で実際にロケ地へ行けないときでも撮影できるという大きなメリットもあります。

 一方で、現状の課題として感じているのが、設備が大掛かりな点やスタティック(静的)な点です。バーチャルプロダクションではLEDウオールにCGの背景を映しますが、やはり動く人が出てこなかったりするので絵が死んでいます。そこにボリュメトリックキャプチャーで取り込んだリアルな3DCGモデルを配置して、時間軸を伴った3Dの動くデータを映像表現に取り込んでいくことは今後重要になるでしょう。我々も今まさに取り組んでいるところです。