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大型マイクロLEDディスプレーとゲームエンジンの活用で、映像制作が大きく変わろうとしている。演者の後ろにLEDディスプレーを置き、背景としてCG映像や自由視点の実写映像を表示しながら撮影する「バーチャルプロダクション」は、クリエーターを時間と場所の制約から解放する。架空の世界とも一体になれる、リアルとバーチャルの融合への可能性も秘めている。

 映画やCM撮影の常識を覆す新たな撮影スタイルが急速に浸透し始めた。「バーチャルプロダクション」という新たな映像制作手法だ。大手企業が立て続けに自社スタジオを開設しているほか、2021年11月開催の展示会「Inter BEE 2021」などでデモ用の特設会場が用意されたりしている(図1)。

(a)Inter BEE 2021でのデモの様子
(a)Inter BEE 2021でのデモの様子
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(b)機材一式のレンタルも
(b)機材一式のレンタルも
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(c)自社スタジオを設立した主な企業
(c)自社スタジオを設立した主な企業
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図1 国内でLEDウオールを用いた自社スタジオが急増
LEDウオールを用いたバーチャルプロダクションは、展示会「Inter BEE 2021」で専用のデモエリアができるほど盛り上がりを見せている(a)。展示会では、小規模なLEDウオールと撮影カメラ、収録用機材の一式をセットにしたレンタル業者なども積極的にアピールをしていた(b)。国内では、超大型のLEDウオールを用いた自社スタジオを構える企業が、この1~2年で増えている(c)。(写真:(a、b)と(c)のサイバーエージェントは日経クロステック。(c)のそれ以外は各社)

 バーチャルプロダクションとは、仮想空間を活用したリアルタイム映像制作手法の総称である。広義では、グリーンバックを用いた「クロマキー合成」や、VR(Virtual Reality)空間内での映像撮影なども含む。

 バーチャルプロダクションの中でも最近注目されているのが、LEDウオール(大型のLEDディスプレー)と「インカメラVFXVisual Effects)」を用いたバーチャルプロダクションである注1)。この手法では、あらかじめ作成した背景のCG映像をLEDウオールに表示し、その前で実際に役者などが演技をして撮影する。いわば、バーチャルなCGとリアルを融合させる技術だ(図2)。

注1)ソニーPCLの調査によれば、21年8月時点で、LEDウオールとインカメラVFXシステムを備えたバーチャルプロダクションが利用可能な撮影スタジオは、欧米を中心に世界で約80カ所あり、その後も増加しているという。
(a)リアルの自動車とCG背景で撮影
(a)リアルの自動車とCG背景で撮影
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(b)出力される映像
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(c)グリーンバックとの比較
(c)グリーンバックとの比較
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図2 リアル×CGで自然な映像表現を様々な背景シーンで実現
LEDウオールを用いたバーチャルプロダクションは、表示した背景映像とリアルの撮影対象物が組み合わさることで、様々な背景シーンでも自然な映像表現を可能とする(a、b)。以前から使われてきたグリーンバックによるクロマキー合成と比較すると、現状ではまだ設備や撮影コストが高く、事前に背景CGを作成する手間がかかるものの、映像表現の質が高かったり、撮影時に完成イメージが分かりやすかったりなど、利点が多い。(写真と図:日経クロステック)

時間と場所を超越

 バーチャルプロダクションの利点は、役者や制作関係者などを時間と場所の制約から解放することだ。例えば映画やCMの舞台となる場所に実際に行かなくても、LEDウオールに表示した映像を切り替えればどの場所でも撮影できるようになる。さらに背景はCGなので、例えば朝焼けや夕焼けといった撮影時間が限られるシチュエーションでも、何度でも繰り返して撮影できる。早朝や夜のシーンなども、その時間帯に撮影する必要がないので、撮影スケジュールを柔軟に組める。

 撮影後の映像処理の工程にも、大きな利点がある注2)。まず、従来のクロマキー合成に対する優位性は、実際の撮影対象の反射や映り込み、透過表現などを容易に再現できることだ。例えば、透明なペットボトル越しの背景などである(図3)。もしクロマキー合成でこうした表現をしようとすると、後工程で非常に多くの処理が必要になってしまう。透明なペットボトルの場合、グリーンバックなどがそのまま映り込んでしまうからだ。しかしバーチャルプロダクションなら、投映された背景映像が透過した映像をそのまま利用できる。

注2)クロマキー合成では、背景をすべてグリーンなどの単色にした映像を撮影し、被写体を切り抜いてCG映像と合成、後工程のソフトウエア処理で映像補正や照明効果などを調整していた。そのため、背景色と同じ色の衣装や小道具が使用できず、撮影中に完成映像のイメージを演者やスタッフが共有できなかった。一方のバーチャルプロダクションでは、事前準備として背景のCG映像を撮影前に全て用意する必要はあるが、後から合成するという手間がなくなるため、後工程での処理が大幅に短縮され全体の制作工程を短くできる。加えて、背景映像が見えている状態で撮影するため、完成映像のイメージを共有しやすくなるメリットも生まれる。
(a)複雑な曲面への映り込み
(a)複雑な曲面への映り込み
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(b)ミラーへの映り込み
(b)ミラーへの映り込み
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(c)水などの透過する素材
(c)水などの透過する素材
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図3 グリーンバックでは後処理が難しい素材も1発撮りが可能
LEDウオールを用いたバーチャルプロダクションでは、例えば、自動車の外装や窓、ミラーへの映り込みを自然に表現できる。これがグリーンバックでは後処理の工程が非常に多くなり困難である(a、b)。水のような透明な素材の透過も、より自然に撮影できる(c)。(写真:日経クロステック)

 ソニーPCLとアパレルのCM撮影を手掛けたアイレップ プランニング&クリエイティブUnit エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターである平知己氏は、CM映像制作の期間やコストを大幅に削減できることの重要性を強調する。「これまでは2週間程度の後工程が必要だったのが、バーチャルプロダクションなら3日程度に縮められるのではないか。逆に背景素材の準備などで前工程の作業時間とコストは2倍に増えるものの、後工程の削減メリットはそれを大きく上回る」(同氏)。さらに「麦わら帽子の隙間がちゃんと透けて見えるのがよい。グリーンバックで隙間から見える背景を後工程で修正するには、膨大な作業が必要だった」(同氏)。