スマホ流「アジャイル開発」採り入れる
順調に開発が進む背景にあるのが、協業を重んじる考えだ。川西氏は「今も多くの企業と協業している」と話す。
近年、ソニーが協業している独Bosch(ボッシュ)や同Continental(コンチネンタル)、同ZFなどのメガサプライヤーの実力は、自動車メーカーに匹敵するほど向上している。車体開発でソニーが頼ったオーストリアMagna Steyr(マグナ・シュタイヤー)は車の開発・生産受託の老舗で、長い実績がある。ソニーの知見が少ない「走る・止まる・曲がる」の技術開発でメガサプライヤーの経験を活用し、開発速度を高めた。
協業重視の考えとともに、開発の進捗を大々的に打ち出す「オープン」な姿勢も開発速度の向上に寄与している。アップルのように情報漏洩を恐れて秘密裏に開発するのでは公道実験などをやりにくく、開発が遅々として進まない可能性がある。それに自動車開発の本格的な量産には、1次部品メーカーだけで数百社が関わるのが普通である。完全な機密保持にこだわっていては、その工数だけで莫大になる。
もちろん協業だけではなく、ソニーがスマホ開発などで培った経験も生きた。短期間で検証や改善を繰り返す「アジャイル開発」である。自動車開発で一般的な最初に仕様を固めて取りかかる「ウオーターフォール開発」に比べて、開発期間を短くしやすい。吉田社長は「我々の技術で貢献できることが見えてきた」と話す。
車両のインストルメントパネル周辺のHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)や、第5世代移動通信(5G)といったITと親和性の高い技術領域を中心にアジャイル開発を取り入れた。スマホなどの開発資産も多く流用する。
加えて「走る・止まる・曲がる」といった車の基本機能に関わり、ソニーの知見が薄い自動運転においても、川西氏は過去に「アジャイル開発が比較的通用した」との手応えを語っていた。自動車開発に想定よりも「スマホ流」が通用した格好である。
一方で駆動モーターやステアリングなど車の伝統的な制御開発には、アジャイル開発を適用しにくいことも分かった。安全に関わる部分であり試行錯誤しにくく、ウオーターフォール開発で臨む。ソニーは2つの開発手法のいいとこ取りに力を注いでいる。
米新興はマグナから鴻海に切り替え
ソニーが模索する「(EVの)新しい造り方」(川西氏)は、開発にとどまらず、生産に及ぶ可能性もある。開発と生産を切り離す「水平分業」に前向きだ。川西氏は「基本方針として、我々が持つアセット(資産)をなるべく軽くしたいと思っている」と話し、自動車生産工場を自社で保有することには消極的である。
テスラと差異化したいとの考えが背景にあるのかもしれない。テスラは既存の自動車メーカーと同じ垂直統合型で、10年以上前から試行錯誤して量産工場のノウハウを蓄積してきた。テスラの参入から大幅に遅れることになるソニーが同じことをしていては、到底追いつけない。
ただし川西氏は「水平分業」を視野にいれる一方で、時期尚早とも考えている。「(自動車開発では)設計と製造の結び付きが強く、安全性をきちんと確保するには、家電のように設計と製造を完全に分離するのは難しい。この2年間やってきて実感したことだ。理論的には可能だが、今の段階ではまだ課題が多い」(川西氏)と分析する。
生産面でソニーの参考になるのが、米新興EV企業のFisker(フィスカー)の取り組みかもしれない。最初の量産車はマグナに委託する。一方で24年発売予定の次期EVの生産は台湾・鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)へと切り替える。鴻海は最近、EVの生産受託の実現に力を注いでる。
マグナの自動車生産の経験は長いが、年間数百台の少量が多く、何十万台もの大量生産の実績に乏しい。そこでソニーもまず試作車開発の延長でマグナに生産委託し、少量生産から始める。その後、鴻海が大量生産の実力をつけてきた段階で委託先を変更する――。そんなシナリオを考えている可能性がある。
アップルは「iPhone」の生産を鴻海に委託することで急成長を遂げた。ソニーがEVでiPhoneの再来を描いても、なんら不思議ではない。