シミュレーション技術を駆使し、クルマを効率的に開発するモデルベース開発(MBD)。その普及、促進を目指すMBD推進センター(JAMBE)が2021年7月、国内の自動車メーカー、部品メーカー10社によって発足した。ステアリングコミッティ委員長を務めるマツダの人見光夫氏は、「MBDによって、バラバラだった日本の中小企業群を1つにまとめる」と意気込む。
「かつてマツダは財務的に厳しく、人員も少なかったため、実機を試作して開発する余裕がなかった。このため、モノを造る前にデジタル上でしっかり検証するMBDを使わざるを得なかった」。マツダで「SKYACTIV(スカイアクティブ)」エンジン群の開発を指揮した同氏は、逆境の中で目を付けたMBDを徹底的に磨き、プロジェクトを成功につなげた。同氏はそのノウハウをMBD推進センターを通じて日本全体に広げることに挑む(図1)注1)。
なぜ今、自動車業界にMBDが必要なのか。理由はカーボンニュートラル(炭素中立)やCASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)を背景に、クルマの開発負担がかつてないほどに増大しているからだ。「どの自動車メーカーも、やるべきことがものすごく増えている。MBDによる効率化が急務だ」(同氏)と話す。新型コロナウイルス感染症のまん延により、リアルな実機環境ではなく、デジタル環境で開発できるMBDがあらためて評価されている面もある。
MBDは、車両を構成するさまざまな部品を実機ではなく、シミュレーションモデルの形で表し、それらをコンピューター上でつないでシステムとしての挙動を検証する手法だ。実機の試作に費やすコストや人員、時間を削減できるほか、部品(モデル)の組み合わせを大胆に変えて、さまざまな技術を試せるなど、多くの利点がある(図2)。開発した制御ロジックのモデルから、ECU(電子制御ユニット)に組み込む車載ソフトを自動的に生成することもできる。
課題はMBDそのものが十分に普及しているとは言い難いことだ。特に中小規模の部品メーカーへの普及はこれからといえる。MBDの良さを生かすためには、システムに必要なすべての部品をモデルとして準備する必要がある。マツダはスカイアクティブエンジンを開発した際、地場の部品メーカーに対し、MBDの基礎的なところから時間をかけて教育、指導してきた。そのような地道な取り組みが自動車業界全体で必要になる。
MBDでは、モデル同士をつないで動作させることも難しく、モデルが流通しにくいという課題もある。熱性能や運動性能、振動、燃費、電費など、検証の目的によってモデルの形態はさまざまであり、その作り方もバラバラだからだ。自動車メーカーと部品メーカーのように異なる企業間でモデルをつなぐのはもちろん、「同じ企業内でも部署が違えば、つながらないことが多い」(同氏)という。モデルのつなぎ方や、モデルをどこまで詳細に作り込むかという「粒度」の決め方など、さまざまなノウハウが必要になる注2)。
欧州の標準化団体と連携
MBD推進センターでは、参画企業が互いに連携しながらMBDの普及、啓発に取り組むほか、モデルをつなげる際の最低限のルールを定める。「エンジンと変速機をつなぐ場合、力の流れはエンジンから変速機に向かう方向をプラス(正)にするとか、単位はトルクにするとか、そういった基本的なルールを統一する」(同氏)という。会員企業は現在、43社だが、「まったく足りない」(同氏)と話す。クルマは数千~数万もの部品を組み合わせて造るからだ。粘り強く参加を呼びかけ、可能な限り増やしていくという。
MBDのルール作り(標準化)では、ドイツの標準化団体である「prostep ivip」や、フランスの研究組織「IRT SystemX」が先行している。MBD推進センターは、これらの機関と連携し、ルールを共通化する(図3)。「もともとルール作りは欧州勢が得意」(同氏)なため、そこに合わせることで、いわゆる“ガラパゴス化”を避ける。海外でも標準化が十分に進んでいない領域については、同センターも技術面で貢献することを目指す。
同センターは、エンジン車やハイブリッド車(HEV)、電気自動車(EV)といった車両システムを表す「ジェネリックモデル」を検証目的ごとに作成し、そこにつながるモデルの開発を部品メーカーに呼びかける。部品メーカーは自社製品のモデルをジェネリックモデルにつないだ結果、システム性能がどのように改善したか、自動車メーカーに説明できる。これまで部品メーカーは、自動車メーカーのMBD環境に合わせて個別にモデルを用意する必要があり、特に中小企業では負担が大きかった。今後はジェネリックモデルに合わせてモデルを開発するだけで済む注3)。