トヨタ自動車傘下で自動運転ソフトウエアを開発するウーブン・プラネット・ホールディングスは、車載ソフトの開発基盤(プラットフォーム)「Arene(アリーン)」を2025年にも実用化する。これまで車載ソフトは自動車メーカーや一部のサプライヤーしか開発できなかった。同社はアリーンを通じて、世界中の開発者が誰でも参加できるオープンなエコシステム(生態系)を目指す。
「地球上で最もプログラミングしやすいクルマを実現する」。ウーブン・プラネット・ホールディングスSenior Vice President of Software PlatformのNikos Michalakis(ニコス・ミハラキス)氏は、アリーンの狙いをこう説明する(図1)。車載ソフト(車載アプリケーション)を開発する際の参入障壁を劇的に下げることで、世界中のソフト開発者が新たな価値を生み出せるようにする。「クルマのライフタイムバリュー(生涯価値)が高まり、自動車メーカーやサプライヤーにとってもプラスになる」(同氏)という。
アリーンは、車両のさまざまな機能をAPI(Application Programming Interface)の形で利用可能にし、車載ソフトの開発を簡素化する取り組みだ。「ソフト開発者というのは、あまり複雑なことを好まない。シンプルな仕組みが必要」(同氏)とする。ソフトを車両に組み込むデプロイ(展開)の頻度をITソフト並みに高める。ただし、「安全性は絶対に損なわないようにする」(同氏)。ここが車載ソフトならではの難しさだという。安全性を担保するために、高度なシミュレーション技術を駆使し、テストや検証の精度を高める(図2)。こうした開発や検証のためのツール群は、クラウド上に構築し、世界中の開発者が利用できるようにする。
目指すのは、ソフトによる技術革新の連鎖だ。「プログラミングが簡単で、スケーラビリティーの高いプラットフォームがあれば、世界中から多くのソフト開発者が集まる。すると、そこに投資家も集まり、開発資金が投入される。それによって車載ソフトの開発が活発化し、クルマの新たな価値が生み出される」(同氏)。こうした技術革新の連鎖はIT分野では一般的だが、自動車業界ではこれからだ。
同氏はアリーンを通じて、車載ソフトの新たなエコシステムを形成したいと意気込む。ソフトが主役となる次世代車の開発では、個社の戦いというよりは、エコシステム同士の競争になるからだ。アリーンと同様の仕組みを構築しているドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)の「VW.OS」や、米Google(グーグル)の「Android Automotive OS」、同Apple(アップル)の「iOS」系など、競合エコシステムとの戦いに備える。
「アリーンはトヨタが独占して使うものではない」(同氏)と強調する。トヨタ以外の自動車メーカーにも広く提供し、対応車両を増やすことで、アリーンを魅力的なプラットフォームに育てたい考えだ。トヨタとトヨタ以外で提供する機能に差を付けることも「できるだけしたくない」(同氏)と話す。
複数のECU機能にアクセス
同社はアリーンの成功指標として「ソフトの開発期間」を掲げ、迅速な開発(アジャイル開発)を目指す。開発者はアプリケーションのコンセプトを決め、プログラムを開発し、シミュレーションツールでテスト、検証する。検証が済むと、車載用のコードを生成し、OTA(Over The Air)によって複数の車両に組み込む。
車載用のコードは、車両に搭載した「Arene OS(アリーンOS)」と呼ぶミドルウエア上で動作する。アリーンOSは車両のハードウエアを抽象化する機能を持ち、異なる車両であっても、共通のコードを動かせる。
アリーンOS上で動くアプリケーションは、「複数のECU(電子制御ユニット)の演算リソースを活用できる」(同氏)という(図3)。例えば、自動運転などのアプリケーションを実行する場合、各種センサーとつながるADAS(先進運転支援システム)用ECUに加え、演算能力の豊富なセントラルECUも利用する。さらにHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)や各種グラフィックスを扱う場合は、IVI(車載情報システム)用ECUも活用する。
「これまではADASとIVIのシステムが切り離されており、自動運転のようなアプリケーションを造ろうとすると、ADASのコードとIVIのコードを別々にデバッグする必要があった」(同氏)。アリーンではAPIを通じて複数のECUにまたがる機能を包括的に利用できるようにする。開発者は個々のECUを意識することなく、車両全体の機能に手軽にアクセスできるという。