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クラウドの世界で確立されたソフトウエア開発の手法を、クルマの分野に持ち込む動きが活発化している。英Arm(アーム)が2021年9月に発表した開発プロジェクト「SOAFEE(Scalable Open Architecture For Embedded Edge、ソフィー)」も、その1つだ。リアルタイム処理や機能安全への対応など、クルマ特有の要件を満たす次世代ソフト基盤(プラットフォーム)を、オープンソースで提供することを目指す。

 クラウド分野のソフト開発手法を異分野に適用し、効率化を目指す動きは「クラウドネイティブ(クラウド流)」などと呼ばれる。次世代ECU(電子制御ユニット)のCPUコアを手掛けるアームは、クラウドサーバーの分野で培った経験を活かし、クラウドネイティブによる車載システムの変革に挑む。こうした取り組みは車載分野に限らず、「ロボットや産業機器など、リアルタイム処理と機能安全への対応が求められる幅広い分野に適用できる」(同社)という。

 コネクテッド機能を持ち、OTA(Over The Air)によってソフトを追加・更新していく次世代車では、クラウドとエッジ(車載システム)を連携させながら、さまざまな処理をこなす必要がある。このため、クラウド側と車載側のソフトを一体的に開発できることが望ましいが、現状ではクラウド側と車載側でソフトの互換性がなく、開発手法も大きく異なっている。SOAFEEプロジェクトでは、クラウド分野で普及している「マイクロサービス」「コンテナ」「オーケストレーター」といった技術を車載側に持ち込むことで、こうしたギャップを埋めることを目指す。

 マイクロサービスとは、アプリケーションを機能(サービス)ごとに細分化し、それぞれを独立して開発、展開(デプロイ)する手法だ。これまでの車載ソフトは、すべての機能を1つのプログラムとして作り込むモノリシック(一枚岩)型が多かった。コンテナは各サービスを独立して動作させるための仮想化技術であり、オーケストレーターは各コンテナの管理や連携、演算リソースの配分などを自動化する技術を指す。

トヨタやVWが賛同

 SOAFEEプロジェクトの発起人はアームだが、さまざまな自動車関連メーカーが参加を表明している(図1)。トヨタ自動車傘下で自動運転ソフトを開発するウーブン・プラネット・ホールディングスや、ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)のソフト開発子会社である同CARIAD(キャリード)、大手1次部品メーカー(ティア1)の同Continental(コンチネンタル)などだ。

図1 多くの企業がSOAFEEプロジェクトに賛同
図1 多くの企業がSOAFEEプロジェクトに賛同
トヨタ傘下のウーブン・プラネット・ホールディングスやVWのソフト開発子会社キャリード、大手ティア1のコンチネンタルなどが賛同を表明している。(出所:アーム)
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 プロジェクトに参画する米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス)Principal Specialist Solutions Architect, Autonomous VehiclesのStefano Marzani氏は「SOAFEEによってクラウドと車載(エッジ)のギャップが埋まれば、車載ソフトの開発とテストのあり方が根本から変わる可能性がある」と期待を寄せる。

 台湾・鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)が立ち上げた電気自動車(EV)のオープンアライアンス「MIH Open EV Alliance」とも連携する。同アライアンスを運営する台湾MIH Consortium(MIHコンソーシアム)CTO(最高技術責任者)のWilliam Wei氏は、「SOAFEEのクラウドネイティブなアプローチは、我々の開発ツール『EVKit』においても重要な役割を果たす」と述べる。

車載システムが3段階で進化

 アームは車載システムのアーキテクチャーが大きく3段階で進化すると指摘する(図2)。

図2 車載システムのアーキテクチャー進化
図2 車載システムのアーキテクチャー進化
(1)~(3)の3段階で進化する。SOAFEEプロジェクトは(3)のアーキテクチャーを目指している。(アームの資料を基に日経Automotiveが作成)
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 第1段階は「サービス指向型」と呼ぶアーキテクチャーだ。クラウドサービスと相性が良く、さまざまな機能をOTAで更新できる。高精度地図やAI(人工知能)を使ったADAS(先進運転支援システム)/自動運転システムなどが当てはまる。ソフト更新に対応しやすいコンテナ技術を取り入れているものの、車載ソフト自体は従来のモノリシック型である。

 第2段階の「マイクロサービス型」では、車載ソフトをモノリシックな構造ではなく、コンテナ化したマイクロサービスの集合体に置き換える。こうすることで、スマートフォンのアプリケーションのようにソフトを迅速かつ簡単に開発、展開できるようになる。スマートフォンに近い機能を持つIVI(車載情報システム)に適したアーキテクチャーといえる。ただ、この場合はリアルタイム処理や機能安全への対応が難しく、車両制御を主目的とするソフトには適さない。

 第3段階の「ミクスト・クリティカル・オーケストレーターを使ったマイクロサービス型」は、マイクロサービス型の弱点を補ったもので、アームがSOAFEEプロジェクトで目指すアーキテクチャーである。コンテナを管理するオーケストレーターの機能を拡張し、リアルタイム処理や機能安全に対応すべきコンテナ/マイクロサービスを区別するほか、必要に応じてリアルタイムOS(基本ソフト)を割り当てるなど、さまざまな動作をする。これによって、リアルタイム処理や機能安全への対応といった「ミクストクリティカリティー」を考慮した車載ソフトを実現できるという。