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 伝統的企業の基幹業務を数十年にわたって支えてきたプログラミング言語「COBOL」やメインフレームは、レガシーシステム(負の遺産)として扱われがちである。一方で、IT予算の半分以上を占める「守りのIT」のコスト削減と、将来に向けての「攻めのIT」へのシフトなくしては、デジタルトランスフォーメーション(DX)は成功しない。

 本連載では「温故知新」をテーマにCOBOLに着目し、レガシーを生かしつつDXを推進するにはどうすべきかを解説する。

かつては必ず覚えるべき言語だった

 1950年代後半のプログラミング言語は、ハードウエアの開発メーカーごとに異なっていた。コンピューターが直接実行できる機械語が中心で、プログラミングはコンピューター技術者のみが扱える高度な専門領域だった。

 米国防総省は、事務処理分野でコンピューターを普及させるために政府機関やメーカー関係者で構成される標準言語策定委員会「CODASYL(Conference On Data Systems Languages)」を設立。事務処理分野で利用する言語の統一と標準化を目指した。そこで開発されたプログラミング言語がCOBOLだ。「Common Business Oriented Language」の略であり、日本語では「共通事務処理用言語」になる。

 これに伴い、米国政府の事務処理システムは全てCOBOLで納品されることになった。その後、コンピューターの専門家ではない業務担当者が扱える事務処理用言語として、COBOLは世界中で急速に普及することになる。

 このように、特定のハードウエアやベンダーに依存しないという点で、COBOLは誕生のときから既にオープンだった。しかも事務処理に特化した習得が容易な言語だった。

 COBOLでは、業務担当者が事務処理をコンピューター化して効率化を図れる。手続きを変えることなく、データを伝票(レコード)として記述できるためだ。紙によるバッチ業務をCOBOLで記述し、コンピューターで自動化する。

 筆者がコンピューターメーカーのシステムエンジニア(SE)としてCOBOLを利用していたのは1980年代だ。最も重要なことは、COBOLプログラミングのテクニックの習熟ではなく、顧客の業務を理解してシステムを設計し、アプリケーションを開発することだった。筆者とほぼ同じ年齢であるCOBOLはこうして生まれ育ち、普及してきた。

 当時は、企業のコンピューター利用者にとってCOBOLは必ず覚えるべきプログラミング言語であり主役だった。多くの参考本や教育資料、実習コースが用意され、メインフレームはもちろんビジネス用途で利用されるコンピューターのほとんどにCOBOLが実装され大人気だった。ビジネス用の16ビットパソコンにもCOBOLが実装され、「MS-DOS」というパソコン用OSの上でCOBOLを使って業務システムを構築する利用者も多く見られた。

 筆者が勤務していたオープン系COBOLメーカーの製品をOEM(相手先ブランドによる生産)で採用していたパソコンメーカーも多かった。MS-DOSパソコンで会社の業務システムを独自に開発してきた業務プログラマーの方々との会話はとても興味深いものだった。パソコンに詳しい方のプログラミングテクニックはもちろん、業務そのものが興味深かったのだ。次のような事例が特に思い出深い。

  • 剣道有段者が業務外で開発した剣道協会の会員管理システム
  • パソコンが趣味である宗教法人の教祖が開発した信者管理システム
  • 新聞や辞書に文字や図表を配列する段組システム