インターネットの国際通信の99%を担う大動脈である海底ケーブル。約150年の歴史を持ち、国際電話やインターネットの中継網として発展してきた海底ケーブルが、近年その姿を大きく変えている。米Google(グーグル)や米Meta Platforms(旧Facebook、以下Meta)など巨大IT企業が世界各地につくるデータセンターを結ぶためのイントラ網としての役割に変貌しているからだ。グーグルやMetaらは自ら率先して海底ケーブルの建設にも乗り出す。海底の通信インフラ主役交代は、世界の通信の在り方を揺さぶる。
海底ケーブルのトラフィックの約7割が巨大IT企業
「GAFAをはじめとしたコンテンツ事業者による海底ケーブルのトラフィックは、全体の実に約7割を占める」――。
米調査会社TeleGeographyによる2020年の調査結果には、このような衝撃的なデータが含まれていた。10年前の2010年の段階では、GAFAをはじめとするコンテンツ事業者のトラフィックは全体の1割以下にとどまっていた。
「GAFAの中でも、特にグーグルとMetaの需要が多い」と、海底ケーブル敷設工事で世界大手の一角を占めるNEC海洋システム事業部マネージャー 鹿島崇宏氏は指摘する。
グーグルやMetaは海底ケーブルを何に利用しているのか。「この2社はYouTubeやFacebookなど、リアルタイム性が高いネットサービスを提供している。世界各地に設けたデータセンター間で毎日データをやりとりする必要があるために、海底ケーブルの需要が増えている」とNECの鹿島氏は続ける。
グーグルやMeta、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム、以下アマゾン)、米Microsoft(マイクロソフト)といった巨大IT企業は、自国はもちろん欧州やアジア各地、南米などに自社サービスを配信するためのデータセンターを積極的に建設している。これらの地域の利用者は、地理的に最も近いデータセンターにアクセスする。そのほうが体感品質は向上する。
世界各地に点在するデータセンターが蓄える膨大なデータを同期させるためには、大陸間を結ぶ大動脈である海底ケーブルを使った大量の通信が必要になる。グーグルやMetaなど巨大IT企業は、複数の光ファイバーを束ねた海底ケーブルの1芯をまるごと借り、各地のデータセンター同士を直結するケースが増えているという。こうなると海底ケーブルは、巨大IT企業にとってのイントラ網にほかならない。
もちろんインターネットのバックボーン用途としての海底ケーブルの役割がなくなったわけではない。だが巨大IT企業の社内イントラ用途があまりに急拡大しているために、この10年で海底ケーブル市場が激変してしまったわけだ。
巨大IT企業自らが海底ケーブルを建設
需要の急拡大に合わせて、海底ケーブル建設の主役も変化している。ここに来て、グーグルやMeta、アマゾン、マイクロソフトなどが、こぞって自ら海底ケーブル建設に投資しているからだ。
海底ケーブルは平均で3年という建設期間に加え、1万km前後の太平洋横断海底ケーブルの場合、数百億円という多額の資金が必要になる。各国政府との陸揚げ交渉も必要になるため、これまで海底ケーブルは各国の通信事業者がコンソーシアム形式で資金を出し合って建設するケースがほとんどだった。
そんな常識に変化が生じたのが2010年である。日本と米国を結ぶ「Unity/EAC-Pacific」と名付けられた太平洋横断海底ケーブルの建設プロジェクトに、KDDIら各国の通信事業者と並んでグーグルが参加したからだ。「我々が知る限り、巨大IT企業が直接海底ケーブル建設に参画したのは、Unity/EAC-Pacificにグーグルが1メンバーとして参加したのが始まり」と、KDDI技術統括本部 グローバル技術・運用本部 グローバルネットワーク・オペレーションマネジメント部海底ケーブルグループ グループリーダーの黒田浩之氏は語る。
その後はグーグルに続き、Metaやアマゾン、マイクロソフトらが、こぞって海底ケーブル建設のコンソーシアムに参加し始めた。これら巨大IT企業は、それ以前は通信事業者が建設した海底ケーブルを借りていた。「データ量が急増し、通信事業者を介して海底ケーブルを調達するよりも、自ら所有したほうがマージンがない分、コストメリットがあるという判断に変わったのだろう」と関係者は異口同音に指摘する。
TeleGeographyのデータを調べると、近年1年の間に新設される海底ケーブルの本数は20本前後であり、その2割前後のプロジェクトに上記の巨大IT企業の名前が見える。巨大IT企業が参画する海底ケーブルは太平洋や大西洋横断など、長距離となるプロジェクトが多い。年間の世界の海底ケーブルの総延長に占める巨大IT企業が参画するプロジェクトの割合を求めたところ、実に5割近くを占めることが判った。
海底ケーブル名 | オーナー | 主な陸揚げ地 | 長さ(km) | サービス開始時期 |
---|---|---|---|---|
Unity/EAC-Pacific | Airtel (Bharti)、 Google、 KDDI、 Singtel、 TIME dotCom、 Telstra | 日本、米国 | 9620 | 2010年 |
Southeast Asia Japan Cable (SJC) | China Mobile、 China Telecom、 Chunghwa Telecom、 Globe Telecom、 Google、 KDDI、 National Telecom、 Singtel、 Telkom Indonesia、 Unified National Networks (UNN) | 日本、中国、ブルネイ、フィリピン、シンガポール | 8900 | 2013年 |
FASTER | China Mobile、 China Telecom、 Google、 KDDI、 Singtel、 TIME dotCom | 米国、日本、台湾 | 11629 | 2016年 |
Monet | Algar Telecom、 Angola Cables、 Antel Uruguay、 Google | 米国、ブラジル | 10556 | 2017年 |
Junior | ブラジル | 390 | 2018年 | |
Tannat | Antel Uruguay、 Google | ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ | 2000 | 2018年 |
INDIGO-Central | Australia’s Academic and Research Network (AARNET)、 Google、 Indosat Ooredoo、 Singtel Optus、 Superloop | オーストラリア | 4850 | 2019年 |
INDIGO-West | Australia’s Academic and Research Network (AARNET)、 Google、 Indosat Ooredoo、 Singtel、 Superloop、 Telstra | オーストラリア、インドネシア、シンガポール | 4600 | 2019年 |
Curie | 米国、チリ、パナマ | 10476 | 2020年 | |
Havfrue/AEC-2 | Aqua Comms、 Bulk、 Meta(Facebook)、 Google | 米国、デンマーク、アイルランド、ノルウェー | 7650 | 2020年 |
Japan-Guam-Australia South (JGA-S) | Australia’s Academic and Research Network (AARNET)、 Google、 RTI | グアム、オーストラリア | 7081 | 2020年 |
Pacific Light Cable Network (PLCN) | Meta(Facebook)、 Google | 米国、台湾、フィリピン | 11806 | 2020年 |
Dunant | 米国、フランス | 6400 | 2021年 | |
Grace Hopper | 米国、英国、スペイン | 7191 | 2022年 | |
Equiano | ポルトガル、ナイジェリア、ナミビア、南アフリカ | 未定 | 2023年 | |
Echo | Meta(Facebook)、 Google | 米国、グアム、インドネシア、シンガポール | 17184 | 2023年 |
Firmina | 米国、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン | 未定 | 2023年 | |
Apricot | Chunghwa Telecom、 Meta(Facebook)、 Google、 NTT、 PLDT | 日本、インドネシア、台湾、フィリピン、シンガポール | 12000 | 2024年 |
Blue | Google、 Omantel、 Telecom Italia Sparkle | フランス、ギリシャ、イタリア、キプロス、ヨルダン、イスラエル | 未定 | 2024年 |
Raman | Google、 Omantel、 Telecom Italia Sparkle | ヨルダン、サウジアラビア、ジブチ、オマーン、インド | 未定 | 2024年 |
ここに来て、巨大IT企業がコンソーシアムの1社ではなく、単独で海底ケーブルを建設するというプロジェクトも登場している。グーグルが2020年に新設した南米と米国を結ぶ全長10476kmの「Curie」や、2022年にサービス開始予定の大西洋を横断する全長7191kmの「Grace Hopper」などだ。
海底ケーブルの敷設は、ケーブルを陸揚げする国との交渉やケーブル敷設に適した海底地形の把握など属人的なノウハウの塊といわれる。ケーブルを敷設する専用船は1日当たり数百万円のコストがかかるため、プロジェクトを計画通り遂行できる管理能力も求められる。こうしたノウハウを持った人材は「ケーブルマフィア」と呼ばれ、世界で数十人程度しかいないという。