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 「世界初の真にオープンでクラウドネイティブな5G(第5世代移動通信システム)ネットワークだ。米国におけるゲームチェンジャーになるだろう」――。

 こう豪語するのは、米国の新規参入事業者である米Dish Network(以下、Dish)でEVP & Chief Network Officerを務めるMarc Rouanne氏だ。同社は2022年に米国の一部地域で新たに5Gサービスを開始する計画だ。

AWSのイベントに登壇した米Dish Network EVP & Chief Network OfficerのMarc Rouanne氏
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AWSのイベントに登壇した米Dish Network EVP & Chief Network OfficerのMarc Rouanne氏
(出所:AWS re:Invent 2021の中継映像をキャプチャー)

 Dishは大手クラウド事業者である米Amazon Web Services(AWS)のクラウド基盤をフル活用した5Gインフラの構築を進めている。コアネットワークから無線アクセスネットワーク(RAN)の一部まで、AWSのクラウド基盤の上に仮想化ネットワークとしてつくる計画だ。

 日本では楽天モバイルが20年、携帯電話事業に本格参入するにあたって、コアネットワークからRANに至るまでを汎用(はんよう)サーバー上の仮想化ネットワークとして構築し、世界的な注目を集めた。Dishの5Gインフラは、楽天モバイルの取り組みをさらに進め、仮想化ネットワークをパブリッククラウド上に構築するという世界初の取り組みだ。

 Dishの挑戦は、これからの通信事業者のインフラ構築を先取りしているのか。通信事業者が設備投資し構築してきたインフラは、いずれパブリッククラウドの一部へと飲み込まれていくのか。米新規参入事業者の成否を世界が固唾(かたず)を飲んで見守っている。

仮想化を前提とした5GC、パブリッククラウドと親和性高く

 DishはなぜAWSをフル活用した5Gインフラの構築を決断したのか。

 21年11月末に開催されたAWS最大の年次イベント「AWS re:invent 2021」に登壇したDishのRouanne氏は「スマートフォンや音声通話を念頭において構築されてきた従来の4Gや5Gネットワークを越えるためだ。(Dishのネットワークを活用する)企業が、顧客向けに速度や遅延条件、データ要件などを柔軟にカスタマイズしたサブネットワークを定義できるようにする」と語る。

Dishが構築するAWSをフル活用した5Gネットワーク
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Dishが構築するAWSをフル活用した5Gネットワーク
(出所:Dishの発表内容を基に日経クロステックが作成)

 真の5Gのポテンシャルを発揮できるといわれる5G SA(Stand Alone)構成は、新たにコアネットワークとして5G専用の「5G Core(5GC)」を使う。5GCを導入することで通信事業者は、企業のニーズに応じてネットワーク機能をカスタマイズできる「ネットワークスライシング」や、ネットワーク制御機能の一部を開放できる「Network Exposure Function(NEF)」といった新たな機能を得られる。これらの機能を活用し、企業向けにカスタマイズしたネットワークを提供して新たな収益源にしていくのが世界の通信事業者が目指す方向性だ。

 そんな5GCは、4G向けのコアネットワークである「EPC」と異なり、クラウドネイティブなコンテナベースの仮想ネットワーク機能(Cloud-native Network Function:CNF)を使うケースが主流になっている。

 さらに5GCは、制御信号を扱うコントロールプレーンと、実際の利用者のデータを運ぶユーザープレーンを分離したアーキテクチャーを採用する。そのため5GCは、パブリッククラウドと親和性が高い。

 新規参入事業者であるDishにとって、時間がかかる自社によるインフラ構築よりも、サービスとして利用できるパブリッククラウドを極力活用したほうが、時間と設備投資の効率化の面でメリットがある。クラウド基盤の機能としても一歩も二歩も先をゆくパブリッククラウドを活用することで、5GCのポテンシャルをフルに打ち出せるという期待もある。Dishの場合、既存の3Gや4Gネットワークとの相互運用を考えず、グリーンフィールドに5Gネットワークを構築できる。この点でも、AWSを活用に踏み切りやすかったと考えられる。

クラウドからエッジへ積極投資、通信事業者が求める信頼性に近づく

 もっとも現在、5GCを導入している世界の通信事業者のほぼすべては、オンプレミス(自社所有)設備の上に5GCを構築している。

 これまでの通信業界の常識では、パブリッククラウドの信頼性のレベルでは、通信事業者が求める「キャリアグレード」の品質を担保できないという見方が多かったからだ。

 米国の調査会社Dell’Oro GroupのResearch DirectorであるDave Bolan氏は「パブリッククラウドが公開している信頼性のコミットメントは、通信事業者の求める信頼性を満たせないことを示唆している」と指摘する。いわゆるキャリアグレードは99.999(five nine)〜99.9999%(six nine)といった高い信頼性を保証するのに対し、パブリッククラウドの信頼性は99.5〜99.99%のレベルにとどまっている。

 ただBolan氏は「大手クラウド事業者は、通信事業者が求めるインフラの信頼性や遅延のレベルまで高めるために、機能を個別に追加する可能性がある」と指摘する。

 AWSや米Microsoft(マイクロソフト)、米Google(グーグル)といった大手クラウド事業者は、クラウドをもっと顧客の近くで処理する、いわゆるエッジコンピューティングへと積極投資を始めている。これらエッジのリソースを活用することで、通信事業者が求める信頼性のレベルへとつなげられる可能性がある。

 例えばAWSはここ数年で、「AWS Wavelength」と「AWS Outposts」「AWS Local Zones」という低遅延な処理を実現できる手段を立て続けに追加した。

低遅延な処理を実現するエッジを続々と拡充するAWS
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低遅延な処理を実現するエッジを続々と拡充するAWS
「AWS Local Zones」「AWS Wavelength」「AWS Outposts」という形態の違う3つの手段を用意している(出所:AWSの資料を基に日経クロステックが作成)

 AWS Wavelengthは通信事業者の5Gネットワーク内の場所を提供してもらい、AWS自身がAWSサーバーを設置する形態だ。AWS Outpostsは、幅広い企業を対象に、オンプレミスにAWSサーバーを設置する。AWS Local Zonesは、AWSが提供するデータセンター群を表す「AZ(Availability Zone)」をより顧客に近いエリアに張り出す形態だ。

 通信事業者は、これらのエッジのリソースを活用することで低遅延な処理を実現できる。さらに処理基盤を地理的に分散できるため、信頼性を高められる。これらエッジのリソースを、高い信頼性が求められるコアネットワークの一部機能や、よりリアルタイム処理が求められる仮想化基地局(vRAN)の機能に使うことで、キャリアグレードの品質を担保できるようになる可能性がある。

 実際、Dishの5Gインフラは、ネットワークの各ノードが求める機能要件に応じてAWSのリソースを使い分けているもようだ。リアルタイム性がそれほど求められない5GCのコントロールプレーンはAWSの一般的なクラウドで処理。負荷が高い5GCのユーザープレーンの処理はAWS Local Zones、リアルタイム性が求められる基地局のDU(Distributed Unit)の処理はオンプレミスに設置したAWS Outpostsを活用、といった具合で運用を計画しているとみられる。

 こうしたノウハウを、クラウド事業者と通信事業者の双方で積み重ねていくことで、通信インフラへのパブリッククラウドの活用が一気に進み始める可能性がある。

 AWSは、通信事業者とのビジネス拡大をどのように見ているのか。