全4895文字
PR

 「通信業界はクラウドを受け入れる準備が整った。通信事業者はクラウドストラテジーを持つ必要がある」――。

 2022年2月28日から3月3日にかけてスペイン・バルセロナで開催されたモバイル業界最大級の展示会「MWC Barcelona 2022」(以下、MWC)において、世界最大のクラウド事業者である米Amazon Web Services(AWS)Chief Technologist TelecommunicationsのIshwar Parulkar氏は、このように訴えた。

MWCのカンファレンスに登壇する米Amazon Web Services(AWS)Chief Technologist TelecommunicationsのIshwar Parulkar氏
[画像のクリックで拡大表示]
MWCのカンファレンスに登壇する米Amazon Web Services(AWS)Chief Technologist TelecommunicationsのIshwar Parulkar氏
AWSを通信インフラに採用する例が続々と登場している現状などを紹介した(撮影:日経クロステック)

 過去2回の開催が新型コロナウイルスの感染拡大によって中止や規模縮小を余儀なくされたMWC。3年ぶりに多くの人が会場に足を運び、かつての雰囲気を取り戻した今回のMWCにおいて、主役となったのがAWSや米Microsoft(マイクロソフト)などの巨大クラウド事業者だった。

 AWSは、CEO(最高経営責任者)のAdam Selipsky氏をはじめ数多くの基調講演に登壇。スイスSwisscomやスペインTelefonicaなど世界の通信事業者がAWSを活用して通信インフラの構築を進めている事例を紹介した。NTTドコモも将来的な導入も見据え、AWSを活用してコアネットワークを構築する実証を開始する。中でも21年4月に発表したAWSと米新興事業者Dish Network(以下、Dish)との協業は、無線アクセスネットワーク(RAN)からコアネットワークに至るまでエンドツーエンドでAWSのクラウドを活用する。これは、これまでの通信業界の常識では考えられなかった形態である。

MWC展示会場内で存在感を見せた米Microsoft(マイクロソフト)
[画像のクリックで拡大表示]
MWC展示会場内で存在感を見せた米Microsoft(マイクロソフト)
MWCの中心であるホール3の目立つ位置にブースを構え、Microsoft Azureの通信インフラへの活用などをアピールしていた(撮影:日経クロステック)

 マイクロソフトもMWC会場内のメインストリートである「ホール3」の中心地にブースを出展。クラウドを活用して通信インフラを構築できるサービスを積極的にアピールしていた。同社は21年6月、米AT&Tのコアネットワークを買収すると発表。その内容に世界が衝撃を受けた。マイクロソフトは今後3年かけて、クラウドサービス「Microsoft Azure」上にAT&Tのコアネットワークを再構築し、AT&Tはマイクロソフトからコアネットワークを借りてサービスを運用する。

 今回のMWCでは、そんな通信インフラにおけるクラウドの活用が一気に進み始めたことを強烈に印象づけた。

膨大なデータ、ソフトウエア化が通信インフラ侵食を促す

 巨大クラウド事業者が、なぜここに来て通信インフラを侵食しつつあるのか。

 第1の理由として、巨大クラウド事業者自身が通信インフラの最大のユーザーである点である。巨大クラウド事業者は、自らが抱える膨大なデータを世界中へ流通させる必要があり、通信インフラとの関わりがどんどんと密になってきているのだ。

膨大なデータ量が巨大クラウド事業者の通信侵食を促す
[画像のクリックで拡大表示]
膨大なデータ量が巨大クラウド事業者の通信侵食を促す
海底ケーブルの分野は巨大クラウド事業者が利用から投資に至るまで主役になっている(出所:日経クロステックが作成)

 実はインターネットの国際通信の99%を占める海底ケーブルにおいて、今や米Google(グーグル)、米Meta Platforms(Meta、旧Facebook)など巨大クラウド事業者が利用から投資面で主役になっている。海底ケーブルのトラフィックの実に約7割をGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの略)をはじめとするコンテンツ事業者が占めるようになり、グーグルやメタが海底ケーブルに直接投資を始めているからだ。

 巨大クラウド事業者は米国はもちろん欧州やアジア各地、南米などに巨大なデータセンターを建設している。利用者が、自分の住む地域に近いデータセンターにアクセスすることで体感品質を向上するためだ。世界に分散したデータセンターを同期するためには、海底ケーブルを通じた大量の通信が必要になる。かつて通信事業者から海底ケーブルを借りていた巨大クラウド事業者だが、借りるよりも自ら投資したほうが経済合理性上、有利な状況になった。海底ケーブルは、今では巨大クラウド事業者の「イントラ網」と化している。地球を飛び交う膨大なデータが、わずか10年足らずで海底ケーブルの使われ方から投資の主体までを一変させたのだ。

 第2の理由として、通信インフラのソフトウエア化が急速に進んでいる点がある。専用機器がほとんどだった通信機器分野に、汎用サーバー上のソフトウエアとして動作する、いわゆる仮想化の波が訪れている。この仮想化と巨大クラウド事業者が提供するパブリッククラウドとの親和性が高く、仮想化した通信機器がパブリッククラウド上で動作可能になってきたからだ。

 通信機器分野の仮想化の波は、まずコアネットワーク分野に訪れた。2010年代半ばからNFV(Network Function Virtualization)として、顧客管理や交換機能などを担うコアネットワークの機器をソフトウエアで動作可能になった。

 とはいえ通信事業者はこれまで、パブリッククラウドではなく自らのデータセンターに構築した環境で、仮想化したコアネットワークを運用してきた。「ネットワーク機能をクラウドのワークロードとして動作させるためには、AWS側にいくつか改善するべき点があった」(AWSの Parulkar氏)からだ。

ネットワーク機能をクラウドのワークロードとして実行するために機能強化
[画像のクリックで拡大表示]
ネットワーク機能をクラウドのワークロードとして実行するために機能強化
AWSではハイパーバイザーの改良や仮想ゲートウエイ機能の実装などを用意。「通信業界はクラウドを受け入れる準備が整った」とする(撮影:日経クロステック)

 例えば通信パケットを処理するためには、遅延を極力抑えたプロセッシング環境が求められる。さらにAWSのようなパブリッククラウド上のコンピューティング機能は「レイヤー3以上の通信プロトコルさえ理解していればよかった」(AWSの Parulkar氏)。しかし、通信インフラとしての役割をパブリッククラウドが果たすためには、レイヤー3よりも下の通信プロトコルを理解して、実装する必要があった。つまり、「クラウドと通信インフラの“インピーダンス”を調整する必要があった」(同)。

 これらの課題を解消するためにAWSはここ数年で、素早いパケット処理が可能な新たなハイパーバイザー「AWS Nitro Hypervisor」や、仮想ゲートウエイ機能などを強化したという。こうした取り組みによって、冒頭のようにパブリッククラウド活用にかじを切る通信事業者が相次ぐようになった。逆に、移動通信システムの仕様もパブリッククラウドとの親和性を高める方向で進化している。5G向けのコアネットワークである「5G Core(5GC)」は、コンテナベースのクラウドネイティブを前提としたアーキテクチャー「SBA(Service Based Architecture)」を採用する。このために、巨大クラウド事業者のサービスを通信事業者が通信インフラの一部として採用しやすくなったという事情がある。