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 若手エンジニアが才能を発揮し活躍する背景には、若手をサポートし、その潜在力を引き出す優れた上司の存在がある――。

 本記事は日経クロステックの特集「集まれ!若手エンジニア」の番外編として、「14年間気づかれなかった暗号の脆弱性を発見」した若手研究者の上司であるNECセキュアシステム研究所の峯松一彦主席研究員に、若手研究者の指導スタイルを聞いた。自身も暗号の研究者である峯松氏が、若手研究者に伝えたい暗号研究の醍醐味とは。

関連記事: 14年間気づかれなかった暗号の脆弱性を発見、焦りと戦ったNECの若手研究者

(聞き手=浅川 直輝、田中 陽菜=日経クロステック/日経コンピュータ)

NECセキュアシステム研究所の峯松一彦主席研究員
NECセキュアシステム研究所の峯松一彦主席研究員
(撮影:日経クロステック)
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新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワークが奨励されていますが、研究活動や若手研究者の指導に影響はありましたか。

 我々の研究所は自分の裁量で出社してよく、基本的にはリモートです。ただ、どうしても対面でやりたい場面はありますね。

 暗号の研究は、1人で考える時間と、他の研究員と議論する時間、双方のバランスが良くないとうまく進みません。1人で考えて手を動かしているときには在宅でもいいのですが、新たな研究のアイデアを創出するブレーンストーミングなどの機会は、リモートではどうしてもつくれません。なので、若い研究員と定期的に対面で議論する機会を設けています。

アイデア創出は「対面」のほうがいいというのは、人間の特性として興味深いですね。

 そうですね。人間の限界ってここにあるんだなというのはすごく感じています。

暗号の研究開発とは、具体的に何を目指す研究なのですか。

 いかにシンプルな実装で、様々な攻撃に耐えて解読されない新たな暗号方式をつくれるかが研究の勝負どころです。線形攻撃や差分攻撃といった典型的なアタック手法に対し、どのようなロジックで「この新方式は安全です」と証明するかが問われます。

(撮影:日経クロステック)
(撮影:日経クロステック)
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 特にここ10年は小型のIoT(インターネット・オブ・シングズ)端末にも暗号通信が求められていて、シンプルな実装、つまり少ない演算で強い暗号をつくる手法へのニーズが高くなっています。

峯松さんは3人の若手研究者の上司という立場ですが、研究テーマはどのように決めていますか。

 最初に「このテーマでどう?」といった提案はしますが、加えて「どんどん(当初のテーマから)ずれていってもいいよ」とも言っています。ずれた結果、何かみんなを驚かす成果が出せればそれでいいので。対面で議論するときにも、上司と部下の関係というより、対等な研究者という気持ちで接しています。

とはいえ企業が手掛ける基礎研究は、中長期的にビジネスへの貢献が求められる点で、テーマの選び方も難しいところがありそうです。

 まさにそこは「上司」としての役割ですね。当初の研究テーマからのずれ方が、企業として価値がありそうなものなら、そのまま進んでもらいます。もし難しい方向に進んでいるようなら、それとなく方向転換というか、「こちらのテーマもやってみたらどうか」といった話をします。

民間企業にとって価値がある方向性というのは、たとえばIoTなど小型デバイス向けの暗号技術でしょうか。

 1つはそうですね。やはり世の中の大きな流れとして、どんな小さな通信にも暗号を使うようになっています。それを考えると、今はAES(Advanced Encryption Standard:米連邦政府標準の暗号方式として採用された共通鍵暗号方式)で十分足りている状況でも、5~10年後、ものすごく小さいIoT端末で暗号通信をすることを考えたときに、「これじゃ足りない」という話が出てくるかもしれません。そうした中長期の状況を見据える必要があります。

 暗号の研究は、成果が形になるまで時間がかかります。なので若手研究者には、長い目でみて、時間をかけて力をつけてほしいと思っています。あまり短期的な研究テーマを与えると、本当の意味での成長を妨げてしまいそうなので。

やはり暗号研究には長期的なものの見方が必要なんですね。

 研究の成果がすぐ世の中に使われるようになるわけではなく、やはり時間がかかるんですよ。理由の1つに、ある技術への認知が進むのに時間がかかるという点があります。なので研究活動に加え、その成果を世の中に広めるための普及活動も重要なんです。若手の研究者には「もっと外に出よう」と伝えています。

 世に広めるための重要な手段の1つは国際標準として採択されることですが、国際標準とは異なる独自の暗号方式へのニーズもあります。先ほど話したIoT用途のように、国際標準の技術では必要な性能を満たせないというケースもあります。