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 世界に衝撃を与えた「IBM­­―富士通ソフトウエア紛争」が勃発したのは1982年のことだ。当時、世界のコンピューターメーカーは米IBM製メインフレームの互換機事業を手掛けており、富士通もその1社だった。

 富士通がメインフレームOSに関する著作権を侵害しているとのIBMの主張を受け、両社は秘密裏に交渉を開始。曲折の末、1997年に両社は米国仲裁協会(AAA)における仲裁終了に合意した。この事件は富士通がIBM互換機事業を縮小する転機の1つになったとされる。

富士通のコンピューター事業の主な歴史(2029年以降は予定、数字は年度)
内容
1964年メインフレーム「FACOM 230シリーズ」発売
1967年社名を富士通信機製造から富士通に変更
1968年オンライン預金システムを第一銀行(現みずほ銀行)に納入
1974年オフコン「FACOM V0」発表。同社として初めてソフトとハードのアンバンドリング(価格分離)を実施。
日立製作所と共同開発した大型メインフレーム「FACOM Mシリーズ」発表。
1981年パソコン「FM-8」発表
1982年ごろ「IBM―富士通ソフトウエア紛争」が勃発。メインフレームのOSに関する著作権をめぐり、米IBMとの間で交渉を開始
1995年アウトソーシングサービス拠点「富士通館林システムセンター(現館林データセンター)」開設
1997年「IBM―富士通ソフトウエア紛争」に関して、米国仲裁協会(AAA)における仲裁終了に合意
1998年UNIXサーバー「GP7000Fファミリー」発表。OSに米サン・マイクロシステムズ(現オラクル)の「Solaris」を採用し、富士通製のプロセッサーを搭載した
2007年サンと共同開発したUNIXサーバー「SPARC Enterprise」発売
2010年東京証券取引所の株式売買システム「arrowhead」が稼働。
スパコン「京」出荷
2020年スパコン「富岳」稼働
2029年UNIXサーバーの販売終了
2030年メインフレームの販売終了
2034年UNIXサーバーの保守終了
2035年メインフレームの保守終了

漸減する市場、撤退は時間の問題

 メインフレームが電算化の主役だった時代も今は昔。分散処理、オープン化、クラウド、モバイルと時代を経るごとにメインフレームの存在感は相対的に下がっていった。

 電子情報技術産業協会(JEITA)によると2020年のメインフレーム国内総出荷台数は159台と、3519台を出荷していた1994年の4.5%にとどまる。総出荷金額は304億円で、1兆1456億円だった1994年と比べて2.6%と、市場全体の縮小は明らかだ。

メインフレームの市場規模の推移
メインフレームの市場規模の推移
総出荷金額の単位は百万円で、総出荷台数の単位は台(出所:電子情報技術産業協会)
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 メインフレーム市場における富士通の存在感も薄くなっている。米Gartner(ガートナー)によれば世界全体のメインフレーム売上高に占める富士通のシェアは2020年に4.7%と、IBMの約20分の1にすぎない。

メインフレームの世界シェア(売上高、2020年)
メインフレームの世界シェア(売上高、2020年)
(出所:米Gartner)
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 日本国内では出荷台数こそ首位との調査もある。それでも日本国内で稼働している富士通製メインフレームは中小型機を含めて約800システム。「市場の傾向と同じく漸減していた」(同社関係者)。

 富士通にとってメインフレーム事業からの撤退は時間の問題だった。同社内で撤退発表を明確に検討し始めたのは2021年後半とされるが、「事業の背景を踏まえた(撤退の)検討は、もっと以前からあった」(同)。