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 電子楽器のキーボードでは、弾き心地をどのように設定すればよいか、メーカーに許される自由度は高い(図1)。ピアノの“電子版”である電子ピアノには、グランドピアノやアップライトピアノといった歴史的に弾き心地の基準になる楽器があるのに対し、「(キーボードの)祖先ははっきりとは分からない」(カシオ計算機楽器事業部設計部第一設計室の赤石明人氏)ためだ。

図1 カシオ計算機のキーボード「Casiotone CT-S1」
図1 カシオ計算機のキーボード「Casiotone CT-S1」
2021年4月発売。61鍵。(出所:カシオ計算機)
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 それだけに「今後は、ターゲットとする顧客ごとに適切な弾き心地を設定することが課題になってくる」(同社技術本部機構開発統轄部機構技術開発部機構技術開発室リーダーの遠藤将幸氏)。初心者や、長いブランクのあとで再び弾き始める演奏者向けには軽めのタッチ、ピアノ経験者などに向けてはピアノに近い強さ、プロの演奏者向けには重めの手ごたえ、といった違いだ。

 しかし、弾き心地を設計する方針を立てたり、それを実現したりする定量的な評価方法がなかった。カシオ計算機はここに、シミュレーション活用の可能性を見だしている。

弾き心地の定量的評価に可能性

 これまでキーボードの弾き心地は、既存機種の官能評価をベースにして設計するしかなかった。感覚は人によって異なるため、曖昧さが入り込むのを避けられない。それに、官能評価は実機を造らなければ実行できないため、『軽めのタッチを目指す』としても、設計の初期段階でできることは限られる。

 それでもカシオ計算機は、シミュレーション技術を活用すれば、弾き心地の定量的な設計が実現できるのではと考え始めている。きっかけとなったのは、鍵(けん、キー)の構造の改良を目的としたグリッサンド奏法のシミュレーションの実施。グリッサンド奏法とは、キーボードの鍵を1つずつ弾くのではなく、複数の鍵を横向きになでて音高を流れるように上げ下げする奏法。このときの鍵の挙動の良否を、シミュレーションで予測した変位や反力などで定量的に把握し、設計に反映可能になってきた。

 もともと弾き心地の改良を第一の目的としたシミュレーションではなかったが、必然的に弾き心地に関わる検討になった。今後、変位や反力などと弾き心地を関連付けられれば、鍵の変位や反力のシミュレーション結果から弾き心地を予測できるようになる、と同社は見込んでいる(図2)。

図2 弾き心地の設計を可能に
図2 弾き心地の設計を可能に
これまで官能評価に基づいて、勘や経験で進めるしかなかった弾き心地の設計を、定量的な根拠に基づいて進められる可能性が見えてきた。(出所:日経ものづくり)
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