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 2016年投入の日産自動車(以下、日産)「ノート e-POWER」。エンジンを発電専用に使いモーター駆動で走るシリーズハイブリッドシステムが特徴で、アクセルペダルのみで加減速を制御できる「ワンペダル」感覚が新たな乗り味として話題を呼んだ。今や他社製ハイブリッド車との差異化でも強力な武器になったワンペダル。実現の裏側には開発者たちの熱き奮闘と逆転の発想があった──。(本文は敬称略)

日産自動車「ノート e-POWER」
日産自動車「ノート e-POWER」
(写真:日経クロステック)
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 「仲田さん、温かいコーヒーをどうぞ」
 「ありがとう。今朝は一段と冷えるな」
 「はい。この寒さでも走れるなんて、クルマってすごいです」

 ある冬の朝のこと。仲田直樹をチーフ・パワートレーン・エンジニア(Chief Powertrain Engineer:CPE)に据える「e-POWER」開発チームの姿は、日産の北海道陸別試験場(陸別町)にあった。「日本一寒い町」を掲げる陸別町。この日の気温はマイナス20度近い。いてつくような寒さの中、吐息が含む水分はきらめき、外気に触れる肌には針で刺されたような痛みが走る。

 「うまく良いデータを得たいものだが」

 寒さに耐える仲田は、こうつぶやきながらテストコースの端に置かれた1台のコンテナを見つめる。その正体は冷凍庫だ。車両がそのまま入るほどの大きさで、極寒ともいえる外気温よりもさらに低温、マイナス30度近くまで車両を冷やす。

 過酷な状況下でも車両の各機能が正常に動くかを確かめるための準備室というわけだ。コンテナから出た冷え切った車両は、摩擦係数が小さい低μ(ミュー)路や、圧雪路といった厳しい路面状況を模したコースを走って性能評価に臨む。

 仲田らがこの北海道陸別試験場を訪れたのは、開発を進めていたe-POWERの原形ともいえる試作シリーズハイブリッド車の性能を確かめるため。同試験場以外でもさまざまな試験やシミュレーションをこなしてきたが、これらを通して見えてきたのはe-POWERを小型車で実現することの難しさだった。

コスト削減で重要部品が

 当初、同じく仲田がCPEを務めた電気自動車(EV)初代「リーフ」後期型の部品を最大限活用し、ノート e-POWERを実現しようという計画が日産内で進行していた。

 しかし、リーフを構成する重要部品の1つである回生協調ブレーキ、すなわち走行用モーターによる回生ブレーキと摩擦ブレーキの制御を協調させ、回生ブレーキが利きにくい状態でも運転者が求める制動力を得やすくするシステムは、ノート e-POWERでの搭載見送りが決定。リーフはブレーキペダルを踏んでも回生協調でエネルギーを回収できたが、その仕組みを失えば全体的な回収量は落ちてしまう。

 日産の念頭にあったのはコスト削減である。回生協調ブレーキのシステムコストは数万円に上るため、リーフのようなEVにはなんとか搭載できても、激しい市場競争にさらされるノートのような小型車での搭載は予算的に厳しい。

 e-POWERのシステムは、駆動用モーターとリチウムイオン電池パック、インバーターで構成するEVのパワートレーンをベースに、エンジンと発電機を追加したもの。どう考えても予算を拡大できる余地はない。

 さらに言えば、ハイブリッド車の枠組みで競争した場合、販売力で圧倒的なトヨタ自動車の小型車「アクア」との勝負は避けられない。日産としては、e-POWERによる新しい付加価値を打ち出しつつ、とにかくコスト削減を徹底するしかないというのが実情だった。

 「回生協調ブレーキなしでどうにかエネルギーを回収しなくては」
 「それなら、減速G(重力加速度)を可能な限り大きくするしかありません」

 仲田らは新システムの検討を地道に進めていった。考えたのは、同じ速度域で走るなら回生ブレーキを強くしたほうがそれだけ大きなエネルギーを回収できるという理屈だ。しかしながら、減速Gを大きくすることは快適な運転とは相反しやすいもの。万人受けが条件の小型車ノートに合わせられるだろうか。

 試行錯誤を続ける中で、仲田らはあることに気が付く。

 「この動き、楽しくないですか?」
 「本当だ。今までにない乗り味だ」