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 数々の苦難を乗り越え、日産自動車(以下、日産)の開発チームはついに「ノート e-POWER」の最初の試作車を造った。商用化に向け、誰もが完成は近いと期待していた。ところが、いざクルマに試乗すると、その場にいた全員が凍り付く大問題が浮上した。開発チームは課題解消に向け、その日から毎晩のように会議を重ねることになる。(本文は敬称略)

日産自動車の「ノート e-POWER」
日産自動車の「ノート e-POWER」
写真はスポーツ仕様車「NISMO(ニスモ)」モデル。(写真:日産自動車)
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 ガタガタガタ……。

 ある日産従業員がノート e-POWERの試作車をテスト運転していると、車体からこんな異音が聞こえてきた。

 ガタガタガタ……。

 「妙だな」

 その従業員はテストコースを1周すると、クルマから降りて、試乗を終えた仲間たちの元に駆け寄っていった。

 「あの音、気になるな」
 「お前もそう思うか。さっきから皆、その話題で持ち切りなんだ」

 「原因は何だろう」
 「今、分析してもらっている」

 異音の正体はすぐに判明した。歯打ち音(ラトル音)だ。開発中のノート e-POWERは、エンジンと発電機が機械的につながっており、その間に複数のギア(歯車)が存在する。エンジンの負荷が変わるとギア同士の接触具合が変化し、強くぶつかる場合がある。その際に生じるのが、あの「ガタガタ」という歯打ち音である。

 「歯打ち音か。まあ、何とかなるだろう」

 その従業員──e-POWERのエネルギーマネジメント(以下、エネマネ)を手掛ける伊藤知広は楽観的だった。歯打ち音は何もノート e-POWERに限った話ではなく、ギアを搭載した車両の開発過程ではよく起こることだ。いつもはギアやダンパー、フライホイールの再設計で対処する。手慣れたものだ。

伊藤知広
伊藤知広
ノート e-POWERの歯打ち音解消を担当した。現在、日産自動車パワートレイン・EV技術開発本部パワートレイン・EV性能開発部PT・EVシステム設計グループ主担。(写真:日経クロステック)
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 楽勝と頬を緩ませた伊藤に、同僚の1人がこう切り出した。

 「今回はそう簡単にはいかないぜ」

 伊藤は虚を突かれた。

 「どうして?」
 「スペースに余裕がない上、開発期間も長くとれないからだよ。今からハードウエアを造り変えるのは無理だな」
 「じゃあ、どうするの?」

 そう言った瞬間、伊藤は「はっ」とした。ハードウエア側を修正できないとなると、打つ手は1つしかない。音が鳴るメカニズムを分析し、エンジン稼働の工夫で歯打ち音を回避する。

 (ひょっとして、これってエネマネの仕事なんじゃ……)

 幸か不幸か、伊藤の予感は的中することになる。彼はすぐに歯打ち音解消のリーダーに任命され、この大問題の解決に向けて奮闘する日々が始まった。

毎晩8時から会議

 (まずは、音が鳴るパターンを洗い出すところからだ)

 歯打ち音の鳴りやすいエンジンの稼働パターンを分析し、それを避けるように運用するのが伊藤の狙いだった。それにはまず、考えられる全パターンの音の発生有無を調べる必要がある。しかも、エンジンの動きは温度や気圧といった環境条件でも変化する。従って、環境条件ごとの稼働状態まで注視しなくてはならない。

 伊藤は最初の3カ月間、がむしゃらにその作業に取り組んだ。