新たに開発するクルマの乗り心地を判断する達人。それが「評価ドライバー」と呼ばれる存在だ。乗った瞬間にそのクルマの課題が手に取るように分かるという。日産自動車(以下、日産)の大ヒット車「ノート e-POWER」の裏にも達人はいた。そのテスト走行。彼らは加減速の瞬間に生じた小さな違和感を見逃さなかった──。(本文は敬称略)
「これはいけるぞ、間違いなく競合にも勝てる」
「ああ。電気自動車(EV)『リーフ』とほぼ同じ走りだ」
舞台は日産栃木工場にあるテストコース。ノート e-POWERの試作車を運転し終えた評価ドライバーの池亀聡と南條隆志は興奮を隠しきれなかった。
2人は数十年にわたって、毎年60台以上のクルマに乗り、快適な走行とは何かを突き詰めてきた。中でもリーフはモーターの制御指令に対するトルク応答性の良さを生かし、日産としての理想の走りを実現したクルマだ。そのリーフを目標としたノート e-POWERの走りは限りなく理想に近いものだった。
ところが……。
「ただ、100点まではまだ足りない。あと少し届かない」
理想を追い求める評価ドライバーだからこそ、ある1点に違和感を覚えた。それは加速時と減速時の乗り心地。アクセルを踏んだり戻したりした直後、1秒にも満たないくらいのわずかな時間だが、車両が前後に動いている。これにより、ぎくしゃくした印象を受けてしまう。ノート e-POWERはモーター駆動で走りが滑らかであるが故に、そのガタつきが一層悪目立ちしていた。
「これさえなければ満点なのに……」
他の要素は全て理想に近い。それだけに、90点台後半の仕上がりでは諦めきれない。どうにかして100点満点で市場に投入したい。そんな思いを巡らせた2人はふと気付いた。
(不満なら直せばいいじゃないか)
評価ドライバーの仕事は評価だけではない。乗り心地が理想と違えば改善を提案する。クルマに搭載するソフトウエアを自ら調整するのも日常茶飯事だ。2人は自らの手でソフトウエア上のパラメーターを最適化し、ガタつきを解消しようと心に決める。
モーター駆動だからこそなせる業
ガタつきの根本的な原因は想像できた。仲間内で「ガタショック」と呼ぶ現象だ。減速機などにある歯車のかみ合い方は、加減速のタイミングで変わる。歯車同士の間に設けた遊びが急速に詰まると衝撃が生じる。
すぐに浮かんだ対処法は、加減速する際のトルクを全体的に抑えるというものだった。歯車間の遊びが徐々に詰まるようになるので、ショックを緩和できる。だが、同時にアクセルを踏んだ瞬間の動き出しの良さを損なってしまう。
「だめだ。せっかくのEVらしい走りが台無しになる」
「理想の走りは譲れない。ここが俺たちの腕の見せどころだ」