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 新たに開発するクルマの乗り心地を判断する達人。それが「評価ドライバー」と呼ばれる存在だ。乗った瞬間にそのクルマの課題が手に取るように分かるという。日産自動車(以下、日産)の大ヒット車「ノート e-POWER」の裏にも達人はいた。そのテスト走行。彼らは加減速の瞬間に生じた小さな違和感を見逃さなかった──。(本文は敬称略)

テストコースを構える日産自動車の栃木工場
テストコースを構える日産自動車の栃木工場
写真は2015年1月に日産が公開した資料。(写真:日産自動車)
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 「これはいけるぞ、間違いなく競合にも勝てる」
 「ああ。電気自動車(EV)『リーフ』とほぼ同じ走りだ」

 舞台は日産栃木工場にあるテストコース。ノート e-POWERの試作車を運転し終えた評価ドライバーの池亀聡と南條隆志は興奮を隠しきれなかった。

 2人は数十年にわたって、毎年60台以上のクルマに乗り、快適な走行とは何かを突き詰めてきた。中でもリーフはモーターの制御指令に対するトルク応答性の良さを生かし、日産としての理想の走りを実現したクルマだ。そのリーフを目標としたノート e-POWERの走りは限りなく理想に近いものだった。

 ところが……。

 「ただ、100点まではまだ足りない。あと少し届かない」

 理想を追い求める評価ドライバーだからこそ、ある1点に違和感を覚えた。それは加速時と減速時の乗り心地。アクセルを踏んだり戻したりした直後、1秒にも満たないくらいのわずかな時間だが、車両が前後に動いている。これにより、ぎくしゃくした印象を受けてしまう。ノート e-POWERはモーター駆動で走りが滑らかであるが故に、そのガタつきが一層悪目立ちしていた。

 「これさえなければ満点なのに……」

 他の要素は全て理想に近い。それだけに、90点台後半の仕上がりでは諦めきれない。どうにかして100点満点で市場に投入したい。そんな思いを巡らせた2人はふと気付いた。

 (不満なら直せばいいじゃないか)

 評価ドライバーの仕事は評価だけではない。乗り心地が理想と違えば改善を提案する。クルマに搭載するソフトウエアを自ら調整するのも日常茶飯事だ。2人は自らの手でソフトウエア上のパラメーターを最適化し、ガタつきを解消しようと心に決める。

日産自動車の「ノート e-POWER」
日産自動車の「ノート e-POWER」
写真は2016年11月の新車発表会時。写真左から、共同最高経営責任者の西川廣人氏、専務執行役員の星野朝子氏。役職はいずれも当時。(写真:日産自動車)
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モーター駆動だからこそなせる業

 ガタつきの根本的な原因は想像できた。仲間内で「ガタショック」と呼ぶ現象だ。減速機などにある歯車のかみ合い方は、加減速のタイミングで変わる。歯車同士の間に設けた遊びが急速に詰まると衝撃が生じる。

 すぐに浮かんだ対処法は、加減速する際のトルクを全体的に抑えるというものだった。歯車間の遊びが徐々に詰まるようになるので、ショックを緩和できる。だが、同時にアクセルを踏んだ瞬間の動き出しの良さを損なってしまう。

 「だめだ。せっかくのEVらしい走りが台無しになる」
 「理想の走りは譲れない。ここが俺たちの腕の見せどころだ」