「歯や顎が痛い」「背中や肩が痛い」――。これらの痛みを訴える女性の中に、心筋梗塞の発作を起こしている人がいる可能性がある。心筋梗塞は男女共通の疾患であるが、男女で症状の訴え方が異なる「性差」があるという。こうした性差を考慮した適切な診断や治療を目指し、AI(人工知能)などデジタル技術を活用した取り組みが始まった。女性の健康課題を先端技術で解決する「フェムテック2.0」の新しい動きといえそうだ。
心筋梗塞の症状と聞いて一般的に想像するのは、胸に強い痛みや苦しさを感じることではないだろうか。男性患者の多くはそういった症状を訴えることが多いが、女性の中には歯や背中の痛みなどを感じることがあるという。痛みのほかに「吐き気がする」と訴える場合もある。「女性の歯や背中の痛みの訴えなどから心筋梗塞を疑えるかどうかの性差の視点が、早期の治療開始に影響する場合があると言っても過言ではない」と日本性差医学・医療学会 の副理事長で、政策研究大学院大学 保健管理センター 所長の片井みゆき教授は話す。
男女共通の疾患に関して、性差を考慮した診断や治療を実践するには、科学的根拠(エビデンス)の蓄積と医療現場や患者への啓発が欠かせない。エビデンスの蓄積は、心筋梗塞などの冠動脈疾患が疑われる男女を対象とした国立循環器病研究センターのコホート研究「なでしこ研究」が有名だ。2008年から疾患発症までの過程について観察してきた。
国立循環器病研究センターがなでしこ研究で得た結果を解析したところ、CT(コンピューター断層撮影装置)検査を用いた診断やリスク予測の基準には男女で差が生じることが2018年に明らかになった。具体的にはCT検査で把握できる「冠動脈石灰化スコア」で評価した胸痛を招く冠動脈狭窄(きょうさく)などの発症割合は、男女で有意に異なることが分かった。
男性では血圧やコレステロール、喫煙歴などに加えてCT検査を実施することで冠動脈狭窄の予測精度は向上するが、女性では一定の精度向上は見られるものの男性ほど高精度で予測できないという。臨床情報に冠動脈石灰化スコアを加えて冠動脈狭窄を予測するのは有用であるものの、医療者は性差があることを意識して診断方法や治療計画を検討する必要があるとしている。
性差を考慮した診断や治療につなげるため、なでしこ研究は次の段階に進んでいる。蓄積されたCT検査の画像データなどをAIで解析することで、女性を対象とした予測精度も高めることを目指す。国立循環器病研究センターはソフトバンクと共同で、冠動脈疾患の診断や重症化リスクの予測を支援するアルゴリズムの開発を進めている。これまで1年ほど研究を続けてきた段階で「いくつか成果が出始めている」(ソフトバンク広報)という。