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 量子コンピューターを巡る状況が「沸騰」している。現時点では実用域からほど遠いにもかかわらず、米国では量子コンピューターを開発するスタートアップが相次ぎ株式上場を果たし、日本を含む世界中の事業会社が量子コンピューターの性能を探る検証を始めている。こうした熱狂の背景には何があるのか。最新の状況をリポートする。

量子コンピューター開発企業の上場相次ぐ

 量子コンピューターを開発するスタートアップとして初めて株式上場を果たしたのは、イオントラップ方式のハードウエアを開発する米IonQ(イオンQ)だ。イオンQは2021年10月、特別買収目的会社(SPAC)との統合を通じて米ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場した。2022年3月25日時点の株式時価総額は25億4000万ドル(約3098億円)にも達する。

株式上場に向かう量子コンピューター開発企業
株式上場に向かう量子コンピューター開発企業
(出所:米IonQ、米Rigetti Computing、カナダD-Wave Systems)
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 2022年3月には、超電導方式のハードウエアを開発する米Rigetti Computing(リゲッティコンピューティング)がSPACとの統合を通じて米ナスダック証券取引所に上場した。リゲッティの2022年3月25日時点の株式時価総額は8億3100万ドル(約1013億円)である。量子アニーリング方式の量子コンピューターを開発するカナダD-Wave Systems(Dウエーブシステムズ)も2022年第2四半期にSPACとの統合を通じてNYSEに上場する計画を発表済みだ。

 量子コンピューターに期待して資金を投じているのは投資家だけではない。日本を含む世界中の製造業や金融業などの事業会社が、量子コンピューターの使い道を探る研究開発を始めている。例えば米IBMが2017年12月から始めた「IBM Q Network」は、IBMの量子コンピューターを実際に試用できる仕組みで、既に世界中で100以上の企業や研究機関などがIBM Q Networkに参加している。

 2021年7月には川崎市の「新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター(KBIC)」にIBMの量子コンピューター「IBM Quantum System One」が設置され、日本国内でも量子コンピューターの実機を使った検証が始まった。JSRやソニーグループ、DIC、トヨタ自動車、みずほフィナンシャルグループ、三井住友信託銀行、三菱ケミカル、三菱UFJフィナンシャル・グループなどが、川崎市にある量子コンピューターを使っている。

 現在の量子コンピューターは、既存方式のコンピューターに性能が及ばないという点で、実用性の無い存在である。米Google(グーグル)は2019年10月に、量子コンピューターが既存方式のコンピューターでは到達し得ない「量子超越性」を実証したと発表している。しかしこれは「量子コンピューターにとって非常に有利な計算を既存方式のコンピューターに比べて圧倒的に高速に解けることを示した」(大阪大学の藤井啓祐教授)ものであって、有用な用途があると示したわけではなかった。

 量子コンピューターを実用化するためには、役に立つ用途において既存方式のコンピューターで実行する最良のアルゴリズムに処理性能で大幅に勝る「量子アドバンテージ(優位性)」を示す必要がある。そのためには、0と1とを「重ね合わせ」て扱う量子ビットのエラー(誤り)を訂正する量子誤り訂正技術を実現し、量子情報が消えない論理量子ビットを作り出す必要がある。現時点では量子誤り訂正技術は実現していない。

量子コンピューターの実用化時期が「前倒し」

 ここに来て投資家や事業会社が量子コンピューターへの投資を加速させているのは、量子優位性を近い将来に実現するとの野心的なロードマップが、量子コンピューターの開発企業から相次ぎ示されているからである。

量子コンピューターの開発企業が示す主なロードマップ
量子コンピューターの開発企業が示す主なロードマップ
(出所:米IBM、米IonQ、米Google)
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 グーグルは2021年5月に、2029年までに100万物理量子ビットを実現するとのロードマップを示している。グーグルやIBMが採用する超電導方式の量子ビットにおいては、100万個の物理量子ビットがあれば、論理量子ビットを1000個構築して、有用なアルゴリズムを実行できると考えられている。