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 元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏は日本で数少ない半導体のプロ経営者だ。エルピーダの破綻から10年、ここ数年関わっていた中国・紫光集団を2021年末に離れ、フリーになった。そこで、中国半導体産業の現況、日本の半導体産業再興に向けた課題などについて、もろもろ語ってもらった。 今回は日本メーカーを含む多くの半導体企業を揺るがした「キルビー特許紛争」の裏話を聞いた。(聞き手は小柳建彦)

質問

坂本さんとDRAM事業との関わりは最初に働いた米テキサス・インスツルメンツ(TI)時代からですよね? TIは1998年にDRAM事業を米マイクロンテクノロジー(Micron Technology)に売却して撤退しますが、その前の80年代から何度かDRAMで大赤字を出しています。そこから学んだことはありますか?

坂本さんの答え

 TIでは米国式の企業経営、組織マネジメントについて多くを学びましたが、危機のときには事業や知的財産など、資産をうまく資金化することも重要な選択肢だという教訓も得ました。TIは80年代の危機を特許料収入の大幅増強で乗り切りました。実はエルピーダが経営危機に陥ったときに、台湾・南亜科技(Nanya Technology)にライセンス料支払いを持ち掛けたのは、この時の経験が基になっています。

坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
(写真:加藤康)

「我々には特許があるじゃないか」

 TIはDRAM事業でかなり長い間苦しんでいました。

 既に1980年代の段階で、日本のDRAMメーカーの攻勢を受けて業績が悪化し、キャッシュ(現預金)が5000万ドル前後(現在のレートでおおむね50億円、当時のレートでは100億円程度)というレベルまで減った時期があります。あの規模の半導体メーカーとしてはかなり深刻な経営危機です。当然幹部は真剣に生き残りのためにかんかんがくがくの議論をしました。事業再編で何かできないかなどを話し合ったのですが、なかなか打開策が見つかりません。そんなときに、ボードメンバーの1人が「我々には特許があるじゃないか」と言い始めたんです。

 TIの半導体事業はジャック・キルビーさんが発明した「IC(集積回路)」が源流です。つまり彼の発明を元にしたいわゆる「キルビー特許」など、半導体関連で多くの基本特許をTIは持っていました。「それを最大限に収益化していない」というのが、そのボードメンバーの指摘でした。それを受けて80年代半ばからTIは、日本や韓国を含む世界中の半導体メーカー、コンピューター・メーカーに従来の契約に比べて飛躍的に高いロイヤルティーの支払いを要求し始めたのです。

 日立製作所や富士通など日本メーカーは裁判を起こしたり、自分たちの特許とのクロスライセンスで何とか相殺しようとしたりしましたが、結局合意が成立し毎年5億~6億ドルの特許料がTIに入るようになりました。追って韓国メーカーとの交渉も成立して年間の特許料収入は7億~8億ドルにもなったのです。当時の年間売上高の約1割に達するような規模でした。

 前回お話ししたとおり、TIは98年にDRAM事業を最終的に諦めて米マイクロンテクノロジーへ売却するのですが、その間苦しいながらもTIが生き残れたのは特許料収入があったからだったと思います。