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 元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏は日本で数少ない半導体のプロ経営者だ。エルピーダの破綻から10年、ここ数年関わっていた中国・紫光集団を2021年末に離れ、フリーになった。そこで、中国半導体産業の現況、日本の半導体産業再興に向けた課題などについて、もろもろ語ってもらった。今回は先端半導体技術の中心地が米国から東アジアに移った理由について坂本氏の考えを聞いた。(聞き手は小柳建彦)

質問

 2000年代後半から米マイクロンテクノロジー(Micron Technology)がそれまでの技術優位を失って逆に技術の劣後に苦しんだというお話でした。その根源的な要因は何だったとお考えですか。スティーブ・アップルトンさんは有能な経営者でしたし、優秀な技術者スタッフもいたからこそ、マイクロンは後発でも大手にのし上がれたのだと思っていました。

坂本さんの答え

半導体の微細化技術がアメリカ企業の苦手な方向に進んだのだと思っています。

坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
(写真:加藤康)
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アメリカの労働市場の特性が衰退を招いた?

 マイクロンだけでなく米インテル(Intel)などアメリカの半導体企業はもともと、技術的なブレークスルーで微細度を大きく進めるやり方で世界と競争していました。1つのブレークスルー技術で1~2年分の微細化開発を持たせる。その間に次のブレークスルー技術を商用レベルに持っていって一気に微細化を進める。いってみれば階段状に技術進歩させる手法。これが得意なんです。

 ところが微細化のレベルが50ナノメートルを切ってきたあたりから、階段状ではなく斜めの直線のような形で微細度を上げていく状況になりました。日々の細かい努力、「カイゼン」の積み重ねでじわじわ微細化を進める。どうもアメリカ企業はこれが苦手のようなのです。

 実は当時のマイクロンの研究開発のところには優秀な人材もいて、「セグメントテクノロジー」と呼ばれる基本設計のところで新技術を開拓する能力は高かった。具体的にはゲートをどう形成するかとか、キャパシターはどんな形状がよいのかといった技術です。ですが、そうやって開発した新しい技術や手法を実際の製造プロセスに落とし込む段階で苦労していました。

 基本設計の新しい技術を実際の製造技術に落とし込む段階では、繰り返し申し上げている1社に10人くらいしかいない総合的な経験知のある技術者が鍵を握ります。マイクロンを見ているとそういう人材が出たり入ったりしていてなかなか定着していない。対照的に韓国サムスン電子(Samsung Electronics)やエルピーダメモリではそういう技術者は移籍せずにずっと同じ会社にいるんです。

 この状況が生まれるのは、転職が当たり前のアメリカの労働市場と関係があるのではないかと思っています。アメリカでは技術開発や工場のオペレーションを担う人材の平均的な勤続年数が短い。そのため日々こつこつ蓄積したノウハウが人材と共に失われていく。だから組織としてなかなかコンスタントに技術レベルを上げられないのではないか。そう僕は推測しているのです。