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 元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏は日本で数少ない半導体のプロ経営者だ。エルピーダの破綻から10年、ここ数年関わっていた中国・紫光集団を2021年末に離れ、フリーになった。そこで、中国半導体産業の現況、日本の半導体産業再興に向けた課題などについて、もろもろ語ってもらった。今回は台湾半導体産業の競争力の源泉を聞く。(聞き手は小柳建彦)

質問
 坂本さんが台湾・聯華電子(UMC)子会社の日本ファウンドリーの社長に就かれた2000年は、日本の電機業界の大手各社が半導体を手掛け、半導体がまだ日本の主力産業の1つだった頃です。当時の日本と台湾の半導体産業の力量というのはどんな関係にありましたか。
坂本さんの答え
 当時、コスト競争力、歩留まりで台湾勢が優位に立ちつつありました。受託生産に徹する経営戦略の確立や、数字への感度の高さなど、日本に比べると経営力の高さも感じました。
坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
(写真:加藤康)
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3倍濃度のフッ酸で回路を溶かしてしまう担当者

 UMCグループに入ってグループ内のいろいろな出来事が耳に入ってくるようになったんですが、ときどきびっくりする話が聞こえてきました。

 台湾の工場で急に歩留まりが下がったので原因を調べたら、ケミカル(化学溶剤)による洗浄工程を担当していた担当者が、液のなかに自分の指が入っていたのに気づかず、コンタミネーション(汚染)が起こっていた。その担当者を問い詰めたら、どうやったら洗浄工程をより速くできるか工夫しているうちに指が入ってしまっていたと判明したというのです。

 またあるときは、エッチング工程の担当者が腐食用の「フッ酸」(フッ化水素酸)溶液の濃度を3倍にして、回路が消えてしまうくらいウエハー上の膜を溶かしてしまう事故を起こした。担当者は、そうすれば3倍速くエッチングができるのではないかと思ったというのです。

 どちらも笑い話や失敗談に聞こえるかもしれません。ですがこれはUMCの製造ラインでオペレーションを担当する現場レベルの人たちがみんなコスト削減に熱心で、日々ものすごく工夫をしているという逸話でもあります。

 僕は正直、びっくりしました。台湾はただでさえ日本に比べて土地や電気などのインフラコストも人件費も安いのに、生産現場の「カイゼン」努力がすさまじい。これは、日本勢が早晩かなわなくなると感じました。

 それから台湾が圧倒的に強かったのが歩留まりです。1990年代のDRAMでいうと日本では80%くらいの歩留まりが標準でした。しかし台湾企業は90%近い歩留まりで造っていた。

 歩留まりはただ毎日決まった同じことを繰り返しているだけでは上がりません。日々問題を検証し改善する必要があります。台湾の半導体受託製造(ファウンドリー)専業や受託生産を行っている企業の工場は、とにかく現場が徹底的に改善努力をする。

 ファウンドリー専業でも自社工場の余剰能力を使った受託生産でも、製品内容やその価格は受注したときに決まっています。利益を増やそうと思ったらコストを下げるしかありません。だから歩留まりも生産性も徹底追求するんです。

 経営幹部は歩留まりや生産性、部門ごとのキャッシュフローやバランスシートなど経営数値をリアルタイムでよく見ています。UMC創業会長の曹興誠(Robert Tsao)も技術者出身でしたが財務分析にもめっぽう強かったのです。