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 元エルピーダメモリ社長の坂本幸雄氏は日本で数少ない半導体のプロ経営者だ。エルピーダの破綻から10年、ここ数年関わっていた中国・紫光集団を2021年末に離れ、フリーになった。そこで、中国半導体産業の現況、日本の半導体産業再興に向けた課題などについて、もろもろ語ってもらった。今回は2002年に社長としてエルピーダへ招かれた坂本さんが最初に手を着けた改革について聞いた。(聞き手は小柳建彦)

質問

 坂本さんは日本ファウンドリー〔2001年11月からユー・エム・シー(UMC)・ジャパン〕を軌道に乗せた後、2002年11月にエルピーダメモリの社長に招かれました。日立製作所とNECが折半出資で1999年末に設立したエルピーダは設計・開発・販売を手掛け、生産の大部分を親会社に外部委託するファブレス的なDRAMメーカーとしてやりくりしていましたが赤字が続いていました。大企業2社の共同出資事業というといかにも経営が難しそうですが、実際入られてどうでしたか。

坂本さんの答え

 世界の半導体市場で戦う日本の大手電機メーカーの優秀なスタッフが集まっていてすごい会社なんだろうと期待して入社したのですが、実際入ってみると非常に前近代的な経営をやっていたのでびっくりしました。

坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
(写真:加藤康)

入社して3カ月で幹部を整理、組織階層を半分に

 エルピーダに入社して驚いたのは、部長以上の人たちが朝会社に来ると、まず入れてもらったお茶を飲みながらゆっくりと新聞を読み始めることです。それからおもむろに仕事を始めます。そして夕方の5時を過ぎるとさっさと退勤して、飲みに行ったり家に帰ったりするんです。生き馬の目を抜く半導体業界なのに、彼らだけを見ていたら楽々で、まるでパラダイスのようでした。

 しかも組織の階層がべらぼうに多かった。事業本部長、副本部長、部長、次長、課長など、合計で10を超える階層があったのではないでしょうか。当然ながら意思決定や情報伝達は遅くなります。製品の開発計画なんか、電話帳みたいな分厚い書類を稟議(りんぎ)で通さないと始められない。僕は書類を「本」と呼んでいました。

 あるときこんなこともありました。営業の本部長を呼んで、どこそこの顧客企業は今どうなっていると尋ねると自分では分からないと言って副本部長を呼びます。副本部長がやって来ると、やはり分からないと言って部長を呼びます。部長は課長を呼び、課長が来ても分からない。課長が主任クラスを呼んでようやく、僕の欲しかった情報を持っているようなありさまでした。

 これではどうにもならないと思って、入社した11月から翌年の1月くらいまでに組織改革と幹部の整理をやりました。何も仕事をしていない幹部クラスの人たちの多くは親会社に戻ってもらいました。階層は5つくらいに減らしてすっきりさせました。