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 岸田政権が目玉政策の1つに掲げる「経済安全保障」に注目が集まっている。とっつきにくい言葉ではあるが、実はITと関わりが深く、企業にも相応の対応が必要となる。

 経済安保とは何なのだろうか。岸田政権で新設した経済安保担当大臣のポストに就いた小林鷹之衆院議員は2021年12月に自身のWebサイトで次のように説明している。「一言で言えば、『経済面から国の独立、生存及び繁栄を確保すること』」――。小林大臣は「デジタル化の遅れなどへの対策」や「先端技術・データの海外流出の防止策」などといったITやデジタルに関連した課題も経済安保の課題として挙げている。

小林鷹之経済安保相
小林鷹之経済安保相
(出所:内閣府ホームページ)
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「グローバル化と自由主義経済を謳歌する時代の終わり」

 「時代は変わった!」。2021年4月に経済同友会が発表した「強靱(きょうじん)な経済安全保障の確立に向けて」と題する文書は、こんな書き出しで始まる。

 この文書の中で経済同友会は「中国の経済成長と国際秩序への挑戦、米国による対抗が激化する中で、戦略的自立を目指す欧州(EU)が加わった三極間のパワーゲームの構図が鮮明になっている」という時代認識を示した。さらに「グローバル化と自由主義経済を謳歌する時代は終わりを迎えた」と言い切った。

 そのうえで日本の企業経営者には、「経済の繁栄は国家の安全保障があって初めて成り立つ」と改めて呼びかけた。さらに「コロナ禍の収束後も、1990 年代から続いた自由貿易主義的なグローバリズムには戻らず、経済力や先端技術を武器として新たな国際秩序が構築される、『非常時下』の状態が続くとの認識に立つ」ことを大前提に、企業活動を通じて国の経済安保強化の一端を担ううえで、新たなリスクに能動的に対応すべく組織文化の変革や転換を進めることなどを求めた。

 国の経済安保強化とITをはじめとするテクノロジーは切り離せない。AI(人工知能)や量子技術などの先端技術を巡る米中の技術覇権競争のなかで、日本も他国に過度に依存しないよう技術開発を進めることが重要となっている。また、リスク管理をするうえではサイバーセキュリティーの強化も欠かせない。

 さらにロシアによるウクライナ侵攻も経済安保に対する認識を高める契機となる。サプライチェーン(供給網)が混乱し、エネルギーの安定供給や資源の調達にもリスクが生じている。それだけではなく、サイバー攻撃の脅威も高まっている。

 2022年3月21日、米国のバイデン大統領は米国内の重要インフラ事業者などに対して、ロシアのサイバー攻撃に対する警戒を呼びかけた。日本でも3月24日、経済産業省や総務省などが政府や重要インフラ事業者をはじめとする企業や団体に対して、サイバーセキュリティー対策の強化を求める文書を出した。

経済安保推進法案の4本柱

 こうしたなか、2022年3月17日に政府が提出した経済安保推進法案が衆院本会議で審議入りした。経済力や技術力が国の安全保障を左右する時代に、安全保障の確保に関する経済施策を一体的に講じるための法案だ。

経済安全保障推進法案の概要
経済安全保障推進法案の概要
(出所:内閣官房資料を基に日経クロステック作成)
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 同法案はITだけに関わるものではないが、ITをはじめとするテクノロジーが大きく関係する。この認識の下で、法案の中身を見てみよう。

 この法案は4つの柱からなり、それぞれについて制度を創設する。具体的には、「重要物資の安定的な供給の確保」「基幹インフラ役務の安定的な提供の確保」「先端的な重要技術の開発支援」「特許出願の非公開に関する制度」である。

 第1の柱である「重要物資の安定的な供給の確保」は、2022年2月1日に出された有識者会議の提言にある「サプライチェーンの強じん化」という章に相当する内容を盛り込んでいる。

 国民の生存や生活、日本経済に甚大な影響を及ぼす物資について安定供給を確保するため、「特定重要物資」を政令で指定し、所管大臣が特定重要物資またはその原材料などの安定確保を図るための取り組み方針を策定するというものだ。企業は特定重要物資などの安定供給確保のための計画を作成して所管大臣の認定を受ければ、生産基盤の整備や供給源の多様化について国から助成などの支援を受けられる。