米中対立が激化するなか、米国は「自由貿易は善である」という理念から転換し、経済と技術の両面で中国に対して優位に立とうとしている。その一方で、日本は自由貿易の旗を降ろしていない。国は安全保障と自由な経済活動のバランスをどう取るか、そして日本企業はどう経済安保と向き合うべきか。国際政治経済学や「科学技術と安全保障」などを専門とする東京大学公共政策大学院の鈴木一人教授に聞いた。
経済安全保障が注目される背景は何ですか。
経緯を含めて理解するには80年近く時を遡る必要がある。まず1945年に第2次世界大戦が終結した後、西側諸国に自由貿易体制が確立した。
これは、保護主義が国家間の摩擦を高めた結果、第2次世界大戦を招いたという認識から、自由貿易で相互に依存すれば国際社会の平和につながるという信念があったためだ。日本では農業など打撃を受けた産業が一部あったものの、日本をはじめ多くの国が自由貿易の恩恵を受けて経済成長を遂げた。
西側諸国は「自由貿易は善である」という価値観以外にも、「法の支配」や「民主主義」といった価値と規範や、安全保障上の利害も共有した。日米貿易摩擦はたびたび起こったが、経済的な問題として、政治とは分離して議論してきた。
米国は経済と技術の両面で中国に対していかに優位性を保つかを重視
1989年に冷戦が終結すると経済のグローバル化が進み、経済安保の根本にある問題が生じた。自由と民主主義という価値と規範を共有しない国が、自由貿易の仕組みに入ってきたという問題だ。
具体的には、2001年に中国が、2012年にロシアが世界貿易機関(WTO)に加盟した。中ロはもともと価値と規範を共有しない国だったが、西側諸国は中ロを自由貿易の枠組みに入れることによって、価値や規範が変わることを期待した。韓国や台湾、シンガポールなどがかつてそうだったように、中間層が育つことで民主化をするのではないかと考えていたわけだ。
だが中国は一党独裁を維持したまま、自由貿易によって富を獲得し、世界一の貿易大国となった。中国と西側諸国が政治やイデオロギー、安全保障で対立する一方で、経済的にはそれぞれが相互に依存しているため西側諸国の富が有無を言わせず中国に奪われている。米国がこうした認識を持ち始めたのが、オバマ政権2期目からである。
さらに言えば、中国は政治やイデオロギーで対立する国に経済的な圧力をかけている。例えば2010年9月に発生した尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を巡って、中国は対抗措置としてレアアース(希土類)の対日輸出を制限した。最近では台湾との関係強化に動くリトアニアに対して事実上の貿易制限措置を導入した。
話を戻すと、米国はトランプ政権下で「自由貿易は善である」という理念から本格的に転換した。まず2017年にTPP(環太平洋経済連携協定)から離脱した。
2018年に成立した(2019会計年度の国防予算の大枠を決める)国防権限法に基づき、2019年には中国の華為技術(ファーウェイ)など5社の製品やサービスについて、政府調達を禁じた。AI(人工知能)や量子技術など先端技術を巡る「技術覇権」など、経済と技術の両面で中国に対する優位性をいかに保つかを重視するようになったわけだ。バイデン政権もこの路線を継承している。
こうした流れが今、経済安保が注目される背景となっている。