文章を書くために必要な素材集めの大切さは、前回までの連載で伝えてきた。材料集めのポイントを理解した後に把握しておきたいコツは、文章を構成するための要素の並べ方だ。要素をどのような順序で執筆するかで、文章の分かりやすさ、読みやすさは大きく変わる。
理系出身者であれば、大抵の人は論文を書いた経験を持つだろう。本来は自身の専門的な研究を他の人に知ってもらうための文章なので、分かりやすさが求められる。
ところが、基本的に論文は形式に重きを置いている。研究の「概要」を冒頭に配し、続けて「はじめに」や「研究の背景」「実験概要」「結果」「まとめ」といった流れに沿って文章を構築する。学問分野ごとの流儀によって、多少の違いはあるものの、ほとんどの論文はこのような構造で成り立っている。
決まった形式の文章なので、長年にわたって慣れ親しんだ専門家にとっては、このスタイルが読みやすいだろう。もちろん、論文は限られた専門家の間だけで流通するケースが多いので、形式を決めること自体に問題はない。
ただ、この論文型の文章は、一般の人にとっては、退屈で読みにくく映ると筆者はみている。このままのスタイルで一般の人に向けた文章を書くと、内容が伝わりにくくなる恐れがある点は認識しておいてほしい。

これは、何も科学技術の分野を中心とした論文だけでなく、裁判の過程で作成される準備書面、特許の申請書類など一定の形式が決まった書面に少なからず見られる傾向だ。狭い領域の専門家の間での分かりやすさが優先され、専門家以外の人に分かりやすく伝えるという発想はあまりない。
論文の冒頭に記される「概要」や「はじめに」は端的な例だ。当たり前の社会背景や読み手が既に知っている背景を長々と書いて、研究で分かった事実などについては少しだけしか記述されていないケースがある。次のようなイメージだ。
<ありがちな論文の「概要」や「はじめに」>
近年、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」の問題が顕在化している。介護の負担を減らす目的で、力作業などを補助するアシストスーツへの期待が高まっているものの、高い価格や重さがネックとなって使いにくいという評価は多い。そこで本研究では、アシストスーツの各種サポート機構を比較。低コスト化や軽量化の実現に向けて有望な機構を明らかにした。
全体の半分以上が現状の介護における課題を説明している。今回の研究内容については、最後にほんの少し触れられているだけだ。しかも、その具体的な内容はほとんど分からない。例文は事例を分かりやすく説明するために、やや極端に書いているが、「概要」や「はじめに」の部分に、こうした背景の情報が多く書かれている事例をよく目にする。