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 体言止め。中学校の国語で習う技法だ。文法として習うのは中学生になってからだとしても、読書などをしていれば、幼少期から慣れ親しんだ表現だろう。言うまでもなく、文章に余韻やリズムを持たせる効果がある。

 小気味よい文章に仕上げるために、書き手にとっては、つい使いたくなる技法だ。そのため、書き手が無意識のうちに体言止めを多用してしまうケースがある。だが、分かりやすい文章を書くという目的において、体言止めは厄介な存在だ。本来であれば、使用は一部に限りたい。文の意味を曖昧にしてしまうからだ。

 機能性表示食品にまつわる話題を取り上げた以下の例文で見ていこう。

<例文1>

 機能性表示食品ブームが過熱。そのため、機能性の科学的根拠が不十分な臨床研究論文を作成する食品メーカーが増えかねない。機能性に疑問が残る製品の市場流通を誘発。機能性表示食品の信頼が揺らぎつつある。

 体言止めが厄介な理由の1つは、時制が分からない点だ。例文1の最初の文にある「過熱」という体言止めに注目してみると、過去に過熱したのか、現在過熱しているのか、これから過熱するのかは分からない。

 そこで、次の文を読んでみる。科学的根拠が不十分な臨床研究論文を作成するメーカーが増えかねないのは、過去にブームが過熱した結果と考えるよりも、今過熱しているためか、これから過熱するためだと考えるのが自然だ。過熱の時点は過去よりも後の時点と捉えるのが妥当だといえる。

 ただし、ここまでの情報だけでは、過熱が現在の状況なのか将来の見通しなのかは判然としない。

 続く「機能性に疑問が残る製品の市場流通を誘発」の文も体言止めだ。この文も曖昧だ。ただ、製品化は臨床研究論文を作成した後と考えるのが自然なので、問題がある製品の市場流通の誘発は、将来の予測だとみるのが自然だろう。ここまで見ても、1文目の最後に記された「過熱」の時点は不明なままだ。

 例文1は、機能性表示食品に対する将来の見通しを引き合いに出して、その問題点を指摘した文章だ。最初の文は問題点に言及するうえでの背景を示しているが、過去形で表現される事実に基づく指摘なのか、未来形で表現される想定に基づく指摘なのかが分からない。不明瞭な時制が前提条件を曖昧にし、情報の信頼性に影響を及ぼしているのだ。

 次の例文2を見てほしい。体言止めを減らすと、文章の意味はより正確に伝わりやすくなると分かるはずだ。