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3次元(3D)プリンターで製造するリチウム(Li)イオン2次電池(LIB)の最大の特徴は、電極がこれまでの50µm厚以下の薄膜から立体的な構造を持つ3D電極になることだ。1mm前後の厚みになることもある。その電極の製造こそが3Dプリンターの役割である。ディスプレー向けだった液晶パネルを流用した格安3Dプリンターを使えば、製造コストも抑えられそうだ。

 エネルギー密度が高まる理由は2つあり、1つは前回述べたように、3Dプリンターを使うとセルを積層構造にしやすい点だ(図4)。もう1つの理由は、まさに3Dプリンターならではのものといえる。それは、電極の集電体または活物質の配置を複雑な3次元構造にできる点だ。スイスBlackstone Resourcesのグループはこれを正極の「Thick Layer Technology(厚膜化技術)」、米Sakuuは「Porous Anode(多孔負極)」と呼ぶ。

(a)全固体かつ多層の直列接続と相性が良い
(a)全固体かつ多層の直列接続と相性が良い
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(b)3Dプリント電池では集電体を多孔の3D構造にして電極を厚くできる
(b)3Dプリント電池では集電体を多孔の3D構造にして電極を厚くできる
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図4 多層化、直列接続、超厚膜化でエネルギー密度が向上
LIB製造に3Dプリンターを使うことのメリット2つ。1つは直列積層型の全固体電池と親和性が高いこと(a)。集電体やパッケージの一部を減らせるため、エネルギー密度が高まる。もう1つは、集電体もしくは活物質を複雑な3D構造にできること(b)。これで、活物質の利用率を高く保ったまま大幅に厚膜化でき、やはりパッケージが占める重量や体積を減らせる。(図:日経クロステック)

 ちなみに既存のLIBなどでは、電極は平面的で約50μm厚以下と薄い。これは、電極に塗る活物質の厚みに事実上の上限があるからだ。

 セルの容量を増やすためには活物質を厚くする必要があるが、厚くしすぎると電子やLiイオンが活物質の隅々に届かなくなり、使われない活物質が増えてかえってエネルギー密度が減る。充放電レートを高めると、容量自体も大きく減ってしまう。

 結果として、電極ごとの面積容量密度も6mAh/cm2が限界とされる。一般的なLIB製品ではおよそ2m~4mAh/cm2である。

 対して、3Dプリンターで集電体などを微細な3D構造にすることで電子やイオンの通り道が確保しやすくなり、活物質を厚く配置してもエネルギー密度の低下が起こりにくくなる。すると、出力密度が高まると同時に、面積容量密度もしくは1セル当たりの容量が増える。

 その結果、1つめの理由と同様に、セルの基本ユニット当たりの集電体やパッケージの占める厚みや体積の割合が減り、エネルギー密度が向上するわけだ。

 LIBを3Dプリンターで製造する研究をしている東北大学 多元物質科学研究所 教授の本間格氏は、「3Dプリンターであれば集電体の厚みを20倍以上の1000µm(1mm)台にすることも可能」という。他の研究機関による研究開発結果では、面積容量密度を30mAh/cm2を実現した例もある。

AIで3D構造を設計

 この集電体や電極の3D化は、世界の大学や研究機関、企業の技術開発の最前線になっている。例えば、英Addionicsは、3D構造の最適設計にAI(人工知能)を利用しているとする(図5)。イオンや電子が最も通りやすく、それでいて活物質を最密に充填できる構造をAIで探索するわけだ。現時点で得られている3D構造は複雑かつランダム。こうした構造を3Dプリンター以外で設計図通りに作製するのは難しそうだ。

(a)厚い電極のセル構成イメージ
(a)厚い電極のセル構成イメージ
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(b)最適な電極の3D構造はAIで探索
(b)最適な電極の3D構造はAIで探索
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図5 AIで最適な3D電極構造を設計
Addionicsの超厚膜電極LIBのイメージ(a)。3D構造の集電体を3Dプリンターで印刷することで、Si負極といった、充放電によって大きく膨張収縮を繰り返す活物質も破綻なく扱えるとする。電極の構造は規則的であるのが良いとは限らず、AIで最適な3D構造を探索している(b)。(写真と図:Addionics)。

 さらに同社はこの3D集電体の重要な機能として、活物質を小分けして収容する檻(おり)の役割を持たせているという。小分けしておけば、充放電時に大きく膨張収縮しても電極構造が壊れるのを防げるからだ。