在庫を論じる際には、「安全在庫」と「安心在庫」という言葉が頻出する。読者も広く聞き覚えがあるだろう。
まず、安全在庫にはいくつかの意味がある。狭義には、在庫理論において「最低限、この量を確実に保有していれば、欠品には至らない(欠品になる確率が一定以下になる)」とされる在庫量を指す。在庫量が安全在庫を下回ると、その時点で原材料を発注したり生産を開始したりしても、製品が完成するまでに需要が発生し、出荷に際して欠品が発生してしまう。そのため、通常は安全在庫よりも少し多めの在庫量になった時点で発注をかける、あるいは生産を開始するといったことを行い、常に安全在庫以上の在庫量を確保しておく。また、広義には「これぐらいの在庫があれば、出荷は大丈夫であろう」と、実務の担当者が判断できるだけの在庫量を示すアバウトな意味でも使われる。
一方、安心在庫とは、それがないからといって、たちまち出荷が滞ったり生産に支障を来したりするものではないが、万が一のトラブルがあったときに、「あれば何とか間に合う」という在庫を指す。文字通り持っていると、安心という意味である。
安全在庫と安心在庫を読み解く
安全在庫は、理論上はその量を確保しておかなければ、欠品が起こる可能性があるものだ。安全在庫の量は、調達や生産のリードタイム、過去の需要の実績を基に一定の安全係数を加味して計算する*。そして、実際に欠品が生じたかの否か、すなわち「安全在庫」の設定が正しかったかの否かは、後日、結果として判明する。
一方、安心在庫は、持っていれば安心というだけなので、明確にどれくらいの量を在庫として持つべきなのかを論理的に示すものはない。しかも、安心在庫を持っていたからといって、必ずしも役に立つとは限らない。万が一のときには役に立つかもしれないが、それが生じない限り、その安心在庫を持つ是非は曖昧になってしまう。
ここで、もう少し安全在庫と安心在庫を深掘りしてみよう。安全在庫の「安全」の反対語は「危険」だ。つまり、在庫量が安全在庫を割り込むと、欠品が生じる危険があるということだ。
これに対し、安心在庫の「安心」の反対語は「不安」だ。つまり、安心在庫を持っていなければ、不安になるということだ。危険は客観的なものだから定量的な評価ができる。だが、不安は極めて主観的なものであるため、定量的な評価が難しい。担当者が「私は(安心在庫を)持っていないと不安だ」とそれぞれの実務遂行に不安を感じる場合は、在庫は持つべきだと考えるだろう。安心在庫は、定量的な是非を議論するのが難しいという特徴を備えているのである。