在庫を持つ理由(在庫を持ちたくなる動機)の1つに、リスクの回避が挙げられる。例えば、「原材料を持っておくと想定外の急な受注が来ても対応できる」といった具合だ。想定外の急な受注という、企業にとっては売り上げを増加させるチャンスを目前にしたからといって、原材料メーカーに急に発注しても、そう簡単には対応してもらえない。そのため、あらかじめ原材料を多く保有しておいてリスクを回避するのだ。
そもそも、リスクとは「組織の収益や損失に影響を与える不確実性」のことである。日本産業規格であるJIS Q 31000:2019では、リスクを「目的に対する不確かさの影響」と定義している。また同規格は「影響とは、期待されていることから乖離(かいり)することをいう。影響には、好ましいもの、好ましくないもの、またはその両方の場合があり得る。影響は、機会又は脅威を示したり、創り出したり、もたらしたりすることがあり得る」と補足している。つまり、自社の売り上げや利益に対して良い影響、あるいは悪い影響を与えるような不確実性のある事象のことをリスクと呼んでいる。
冒頭の事例は、急な受注にもできる限り対応したいと考える企業が、「原材料の調達ができない」というリスク(悪い影響)を回避するために一定の在庫を保有しておくことで、顧客に対して柔軟な受注対応力を提供することを目論(もくろ)んだものだ。
リスクの回避・低減には費用がかかる
一般に、リスクを回避・低減するには費用がかかる。原材料在庫を余剰に保有して原材料の調達リスクを回避しようとする場合、リスクを回避したいと考えるほど費用が増加する。
理想論をいえば、生産プロセスや業務プロセスを適切に見直すことで、リスクを回避・低減しつつ費用の増大を避ける取り組みが求められる。しかし、現実には手っ取り早いリスクの回避策として在庫を保有することが少なからず行われている。
想定されるリスクが限定されており、リスクの回避・低減に備えた在庫の必要量が経営的に許容される範囲であれば、これは現実的な解となる。だが、対応すべきリスクの範囲が広がるほど、経営的には許容できなくなる。
例えば、100種類の製品ラインアップに対して「全ての製品に受注の可能性があるが、どの製品が受注に至るかは予測がつかない」という場合、どう考えればよいだろうか。「リスクを最小限に抑えて確実に受注を獲得せよ」と命じられた実務者の採るべき選択は、全ての品目で在庫を持っておくべきだとならざるを得ない。しかし、これでは経営の合理性を欠く。
そこで求められるのは、管理者の決断だ。「どの程度のリスクを取るべきか」を決められるのは、実務者ではなく管理者だからである。例えば、「半年に1回は注文がある製品には対応できるように準備せよ」「2年以上注文がない製品に対する在庫は保有の必要なし」といった具合に、組織が対応すべきリスクの程度に関して基準(ガイドライン)を明確にしておく。こうすれば、実務者は、管理者が示した基準に従って必要な在庫は持ち、そうではない在庫は保有を抑制することができる。