ウクライナの戦場は、かつてないほどその映像がリアルタイムで世界中に配信されている。一般市民がスマートフォンで撮影したと思われる動画の生々しさに、息をのんだ人も多いだろう。
なぜ戦場と化したウクライナで、ウクライナ政府はおろか、ウクライナ軍兵士や一般民間人が、大容量の通信基盤を必要とする動画を世界中に配信できるのか。その陰には、電気自動車(EV)で知られる米Tesla(テスラ)CEOのイーロン・マスク氏の姿が見え隠れする。ウクライナでは、同氏が設立した米Space X(スペースX)が構築した、人工衛星による通信網「スターリンク」を利用できるのだ。
スターリンクとは何か。なぜウクライナでスターリンクを利用できるのか。
副首相がイーロン・マスク氏にTwitterで異例の要請
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。両国は国境付近のクリミア半島およびドンバス地方の主権を巡って14年以降紛争状態にあった。ロシアは両地域に傀儡(かいらい)政権を樹立。クリミア半島では、住民投票の形式を整えた上で併合。対してウクライナは、国連への提訴とNATO(北大西洋条約機構)加盟を含む西側諸国への接近で対抗していた。
ロシア軍はウクライナ東部ドンバス、東南のクリミア半島に加えて、さらに北方のロシア・ウクライナ国境からの3方向からウクライナに侵入。特に北方から進入したロシア軍は、開戦翌日の25日にはウクライナの首都キーウ(キエフ)に迫った。戦争は当初、圧倒的に軍事的優位を持つロシアが短期決戦でウクライナ全土を支配するかと思われたが、ウクライナのゼレンスキー大統領は首都キーウからの退却を拒否して徹底抗戦を指示し、戦況は長期化した。
この時点でウクライナ全土のインターネットへのアクセスはおおむね確保されていたが、戦況の進展によってはロシアが、ウクライナ国内からインターネットにアクセスするためのインフラを破壊する可能性もあった。そこでウクライナのフョードロフ副首相兼デジタル転換相が頼ったのがイーロン・マスク氏だった。
フョードロフ副首相は22年2月26日、Twitterを使ってイーロン・マスク氏に、スペースXが構築中の人工衛星群によるインターネットシステム「スターリンク」のサービス開始を要請した。イーロン・マスク氏はすぐに了承。ウクライナ全土でのサービスを開放した。
スターリンクは高度数百~千数百kmの地球低軌道に多数の通信衛星を打ち上げ、地球上のどこでもブロードバンドのインターネットアクセスを提供するサービスだ。イーロン・マスク氏は、スターリンクの利用に必要な衛星と通信するための専用の地上端末の提供も約束。28日には第1陣の端末セットがウクライナに到着した。
その後も地上端末はウクライナに運び込まれ、米国政府の国際援助機関である国際開発局(USAID)は22年4月5日(現地時間)付で、「ウクライナにスターリンクの端末5000台を供与した」と発表した。スペースXによるウクライナ政府への寄付だけではなく、米国の政府資金でも供与されていたわけだ。スターリンクがウクライナ側の戦力として有効活用されていることを、間接的に証明した格好だ。