ウクライナの戦場からリアルタイムで世界中に配信されている映像は、米Space X(スペースX)*1が構築した、人工衛星による通信網「スターリンク」を利用して配信されている。
スターリンクのように、多数の通信衛星を使う通信システムを「通信衛星コンステレーション」という。人工衛星群による通信システムという構想は1980年代からあり、90年代には実際のサービスも始まったが、その歴史は死屍累々(ししるいるい)。通信衛星コンステレーションの構築に挑んだ企業は倒産の連続だった。
「地球のどこでも通信できるようにする」という目的はどの企業にも共通する。その成否を握る鍵は何か。通信衛星コンステレーションビジネスは今後、どこへ向かおうとしているのか。そこには軍事・戦争の影が見え隠れする。
1990年代から始まっていた「世界のどこでも通信」ビジネス
通信衛星コンステレーションビジネスの先駆けは、通信会社の米Motorola(モトローラ)が90年代初頭から開発を始めたIridium(イリジウム)だ*2。
モトローラは事業会社の米イリジウムを設立。98年11月からサービスを開始した。ところが事業は低迷し、事業開始から1年もたたないうちに米連邦破産法11条(チャプター11:会社清算ではなく会社更生を目指す枠組み)に基づく破産を申請することになった。
20世紀末にかけて、イリジウムのほか、48機の衛星を使う米Global Star(グローバルスター)、30機の小型通信衛星で低速データ通信サービスを提供する米Orbcomm(オーブコム)といった企業がサービスを開始した。しかし、オーブコムは2000年に、グローバルスターもまた02年にチャプター11による倒産を経験している。
これらのシステムは「地球のどこでも通信が可能になる」ことを売りにしていた。しかし、目算が外れ、投資に見合う収益を得られず、会社更生手続きで巨額の損失を清算し、再出発した。20世紀末時点での通信衛星コンステレーションは、「巨額投資が必要なければビジネスになるかもしれない」という程度のものだったわけだ。
投資は巨額、利用者は限られ、通信速度は低速
通信衛星コンステレーションビジネスの問題点は3つあった。まず衛星機数が増えるので初期投資が大きくなる。次に、全世界をカバーするサービスといっても、利用者がごく限られていた。そして、1990年代以降、一気に拡大した国際的な光ファイバーの海底ケーブル網に比べて、通信容量も通信速度もずっと小さかった。
初期投資が大きくなると、その分、サービスの価格は高くなる。「世界のどこでも通信できる」というメリットを享受しつつ、そんな高価なサービスを利用できる企業・組織は非常に限られる。軍事に利用する国家機関、資源探査など、へき地や地下での作業が必要なハイテク企業くらいだろう。
しかも人口密度が非常に高い都市部では当時、既に光ファイバーと既存の電話回線にデジタル信号を流すADSL(非対称デジタル加入者線)でブロードバンド接続がどんどん普及していたのに、イリジウムなどの衛星コンステレーションは、一世代前のアナログ公衆回線にモデムをつなぐかのような4800bpsといった低い通信速度しか出なかったのだ。