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 台湾TSMC(台湾積体電路製造)の独走が止まらない。時価総額はトヨタ自動車の倍以上となる約5000億ドル(約64兆円、22年4月28日時点)で、世界9位だ。ファウンドリー業界でのシェアは世界の約半分にもなる。TSMCはどのように工場の設立計画を進め、日々うつろう地政学的リスクに対応しているのか。台湾に拠点を置くアナリスト集団Isaiah ResearchのVice PresidentであるLucy Chen氏に語ってもらった。(記事構成は久保田龍之介=日経クロステック/日経エレクトロニクス)

 台湾TSMC(台湾積体電路製造)は、半導体産業では唯一無二の存在になりつつあります。ファウンドリー業界でのシェアは世界の約半分を占め、最先端の3nmプロセスから成熟した200mm(8インチ)ウエハーまで幅広く顧客のニーズに対応できるからです。それだけに、台湾において地政学的リスクが顕在化した場合の影響は計り知れません。世界の半導体サプライチェーンが寸断する可能性があるのです。

 台湾の主要なファウンドリーとして、TSMC以外に、UMC(聯華電子)、Powerchip Semiconductor(力晶半導体)、Vanguard International Semiconductor(VIS)があります。ファウンドリー世界市場での台湾企業のシェアは約6割(2021年時点)に当たることから、TSMCの存在感がいかに圧倒的なのかが分かります(図1)。

図1 2022年時点のファウンドリー供給能力上位5社
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図1 2022年時点のファウンドリー供給能力上位5社
(出所: Isaiah Researchの資料を基に日経クロステックが編集)

 TSMCは1987年、半導体製造のみに特化するという優れた戦略を軸にスタートしました。同社の設立をきっかけに製造工程を外注する半導体設計会社も多く生まれました。いわゆるファブレス企業です。半導体の製造には莫大な設備投資と労働力が必要なため、自社で工場を保有するのは経営上の大きなリスクとなります。TSMCはこうした顧客のニーズを、卓越した製造技術で満たし続けてきました。

 TSMCは台湾経済においても大きな存在です。台湾のGDP(国内総生産)の7.35%(21年時点)を占めるだけでなく、先端技術分野の人材や労働力に対しての強い需要を生んでいます。先端技術産業以外の発展を遅らせるというリスクもありますが、大きな雇用を生む効果をもたらしています。

 同社は台湾に完成された半導体産業クラスターを築き上げています。半導体の原材料・設備・部品・システムベンダーといった現地の供給元を援助したり、人材を育成したりして積極的に発展につなげているのです。

Apple向けが収益の4分の1

 TSMCの主要顧客は米Apple(アップル)、台湾MediaTek(メディアテック)、米Advanced Micro Devices(AMD)、米Qualcomm(クアルコム)、米NVIDIA(エヌビディア)といった巨大ハイテク企業です。

 特にApple向けは21年時点で、TSMCの収益の4分の1以上を占めます。16年発売の「iPhone 7」のアプリケーションプロセッサー「A10」チップ以降、同社のAシリーズおよびMシリーズのチップはすべてTSMCで生産しています(図2)。

図2 2022年におけるTSMCの顧客別売上構成比
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図2 2022年におけるTSMCの顧客別売上構成比
(出所: Isaiah Researchの資料を基に日経クロステックが編集)

 MediaTekとQualcomm 注1)も、TSMCに対してアプリケーションプロセッサー用ウエハー製造を大量委託しています。Qualcommについては、フラッグシップチップやハイエンドチップの発注を従来の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)からTSMCに移行しています。TSMCのほうが高性能であり、歩留まりが安定しているという判断からです。

注1)両社はAndroidスマートフォン市場で65~70%以上のシェアを持つ。

TSMC、4つの地政学的リスク

 世界の主要ハイテク企業が顧客であるTSMCですが、今後、同社のサプライチェーンが寸断されるようなリスクもあります。その場合、世界中にとってもかなり厳しい痛手になるでしょう。

 Isaiah Researchが想定するリスクは主に4点。すなわち、(1)米中貿易摩擦、(2)原材料・装置の供給不足、(3)自然災害、(4)中国による台湾侵攻――です。順番に説明していきましょう。

 まず、(1)米国による中国への輸出規制は、これまでにもTSMCに多大な影響を与えています。例えば、(中国Huawei Technologies〔華為技術〕傘下の)中国HiSilicon(ハイシリコン)は20年時点でAppleに次ぐ最大顧客でしたが、米国の「エンティティーリスト(禁輸対象リスト)」に加わったことで取引が難しくなりました。

 TSMCの生産能力拡張にも影響は出ています。中国・南京の半導体工場では、22/28nmプロセスの生産能力を月産最大4万枚増やす計画を進めています。一方、米国政府が半導体設計支援ツール「EDA(Electronic Design Automation)」に出荷制限をかけたことで、同計画は遅れる可能性があります。

 (2)半導体原材料・製造装置の供給には、日本も大きく関係しています。半導体製造用薬品やシリコンウエハーは、日本からの輸入に大きく依存しているからです。

 こうした供給元は台湾にないため、出荷・物流の停止は地域内で制御不能です。例えば日本で巨大地震が発生した場合、ウエハー生産工程に打撃を与え、ファウンドリーへの供給に影響を及ぼすことになります。

 半導体製造装置はほとんどがオーダーメードであるため、顧客であるファウンドリーから受注してはじめて特定部品の準備をします。つまり、装置サプライヤーが部品の在庫を持っていない場合、入手までに時間がかかるというわけです。

 このような仕組みは、半導体サプライチェーンに影響しやすいともいえます。実際、半導体製造装置のリードタイムは22年4月時点で1年以上かかっています。通常は半年程度ですが、一部部品の生産や物流に支障が出ているからです。装置のリードタイムが遅れていることで、世界中のファウンドリーで拡張計画自体がさらに遅れるという負の連鎖が起きる可能性があります。

 (3)である自然災害については、TSMCは入念な対策を講じています。

 半導体工場では、TSMCに限らずあらゆる工場が耐震構造の建築や設備、非常用電源を備えています。例えば、台湾は日本と同じく地震が多いですが、工場はほぼマグニチュード7までの地震に耐えられます。一方で、地震発生時には、機械メンテナンスのために半日から1日の間、操業に影響が出る可能性があるでしょう。

 水不足については、TSMCの計画は万全です。半導体工場では大量の水が必要ですが、堅実な節水計画に従うことで、8割以上の水を再利用しているからです。水不足が3~4カ月以上続かない限り、TSMCはこの状況に大きな影響を受けないでしょう。

台湾侵攻は世界にも「極めて厳しい」ダメージ

 (4)の台湾侵攻が現実に起きた場合、おそらく世界経済や産業にとって極めて厳しい痛手となります。台湾の半導体生産能力はTSMCとUMCだけで世界の6割を占めます。これらの技術や生産能力を事前に他国の拠点に移転できていなければ、その影響は台湾にとどまりません。

 加えて、世界の巨大ハイテク企業の多くがTSMCに委託している現状があります。AppleやQualcommなどの半導体設計企業で製造能力が不足すれば、中国の産業にも影響が出ます。製造工程では下流に位置する、スマートフォンやノートPC向けのEMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の製造を一括受託するサービス)が半導体不足で打撃を受ける可能性があるからです。