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ロシアによるウクライナ侵攻は、インフラ投資ビジネスにも影響を及ぼす。気候変動対策としての脱炭素の目標に、エネルギー危機という差し迫った動機が加わり、「エネルギー安全保障」が喫緊の課題となったからだ。電力自給率向上、電源多様化、省エネ推進に拍車がかかる。さらに、インフレーションへの懸念も投資家心理を揺さぶる。「不可欠性」と「公共性」を備えたインフラの価値が見直されるだろう。

(出所:123RF)
(出所:123RF)

 英国政府は2022年4月6日、エネルギー自立を促進するためのエネルギー安全保障の強化策を発表した。エネルギー安全保障とは、必要なエネルギーを安定して確保することにほかならない。新たな計画は、ロシアのウクライナ侵攻と新型コロナウイルス感染拡大を踏まえて練り直したものだ。報道では、2030年までに最大8基の原子炉を新設する部分が目立っているが、再生可能エネルギー発電の目標も上積みしている。

 具体的には、2021年時点で約12GWだった洋上風力発電の発電容量を2030年までに最大50GWにする。このうち1割に当たる5GWは、水深の深い海域に浮かべる浮体式洋上風力発電施設からの供給を見込む。さらに、太陽光発電は2035年をめどに現状の5倍の最大70GWに拡大。省エネ効果の高いヒートポンプの製造にも注力する。これらの策によって、2030年までに英国の電力の95%が低炭素に置き換わり、48万人を雇用できると試算している。

(出所:123RF)
(出所:123RF)

 ロシアからの天然ガス供給にエネルギーの多くを依存していたドイツの事情はより深刻だ。エネルギー安全保障が喫緊の課題となり、2035年にほぼ全ての電力を再エネで賄う計画を打ち出した。ただし、原子力発電所に関しては、運転延長による効果が限定的で安全技術上のリスクも伴うと判断した。ロシアのミサイルが原発を攻撃したときの被害の大きさを懸念する声も強い。

電力自給率向上、電源多様化、省エネ推進に拍車

 英国やドイツを含む欧州諸国の脱炭素強化の背景には、ロシア産資源の供給停止によって、社会機能や生活が甚大な打撃を受けるという切迫した事情がある。特定の資源国から供給される燃料に依存するというリスクが顕在化した。翻って、日本はどうかといえば、石油、石炭といった資源のロシア依存率は英国やドイツより低い。しかし、1次エネルギー自給率自体は11.8%(2018年)と、両国よりも厳しい環境にある。

 22年3月14日の参議院予算委員会で萩生田光一経済産業相は、ウクライナ危機が長引いた場合の対処について、再エネの最大限導入、原発再稼働によるエネルギー自給率向上、資源調達先の多角化を挙げた。さらなるオプションとして、脱炭素に逆行する石炭火力発電にも言及した。経済財政運営と改革の基本方針を話し合う同年3月23日の経済財政諮問会議では、ウクライナ情勢を踏まえ、岸田文雄首相が「エネルギー価格の上昇というピンチにある今こそ、脱炭素の取り組みを一気に進めるチャンスへと転換すべきだ」と語った。

 これまでは、気候変動対策としての脱炭素が基軸だった。しかしウクライナ危機後は、エネルギー安全保障のための脱炭素に重心が移りつつある。「電力自給率向上」、「電源多様化」、「省エネ推進」――の基本メニューに変更はないが、切迫度が増した分、推進力は強くなる。状況次第では日本でも、「2050年カーボンニュートラル宣言」で強く踏み込み始めたアクセルを、一気に踏み切るような変化が起こるかもしれない。

 上述の基本メニューの電力自給率向上は、再エネ開発促進、そのためのさらなる規制緩和、再エネ電力を無駄にしないための蓄電池・送電網整備の加速という形で進む。電源多様化は、原子力発電や石炭火力発電の温存を選択肢とする可能性がある。省エネ推進では、エネルギーをロスしない守りの省エネから、再エネ導入拡大時に電力の需給バランスを保つための積極的な省エネが求められるようになる。再エネ余剰電力の有効利用や需給逼迫時の需要抑制を促す仕組みが奨励される(図1)。

図1 ウクライナ危機による脱炭素の動機の変化
図1 ウクライナ危機による脱炭素の動機の変化
(出所:筆者)
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 資源高に端を発したインフレーションが、投資の優先順位を変化させる兆候も出てきた。経済同友会の櫻田謙悟代表幹事は22年3月15日の会見で、「世界経済、特に日本経済についてはスタグフレーションに入るリスクが高まった」と指摘。中長期的に効果の出てくるインフラを含めた公共投資、5G(第5世代移動通信システム)網などで需要喚起すべきだと話した。