全3975文字
PR

 のどかな田園風景の中を、昔からそこにあったような小道が続いていく。日本最大級の古墳群を有する宮崎県西都市が、17年の歳月をかけて整備した逢初川(あいそめがわ)歩行者専用道路「記紀の道」だ。

水路の脇に散策路を整備した。写真右側の小高い土地に、伝承地の八尋殿や古墳がある(写真:イクマ サトシ)
水路の脇に散策路を整備した。写真右側の小高い土地に、伝承地の八尋殿や古墳がある(写真:イクマ サトシ)
[画像のクリックで拡大表示]
記紀の道(動画:イクマ サトシ)

 長さ約1.3km(キロメートル)、標準幅員2.5m(メートル)の道沿いには、古事記や日本書紀の日向神話に登場する御殿や池が見える。記紀の道は、これら伝承地を巡るルートとして計画された。

整備した記紀の道の平面図と標準断面図(出所:西都市、イー・エー・ユー、みちくさ設計事務所の資料を基に日経コンストラクションが作成)
整備した記紀の道の平面図と標準断面図(出所:西都市、イー・エー・ユー、みちくさ設計事務所の資料を基に日経コンストラクションが作成)
[画像のクリックで拡大表示]

 ルート南側の第1工区は2011年度に、北西側の第2工区と回遊拠点となる稚児ケ池公園南側広場が2022年3月にできた。これにより、用地を買い足しながら進めてきた一連の整備事業が完了した。総工費は約13億円。4割は社会資本整備総合交付金など、国の補助金で賄った。

 完成から10年以上が経過した区間では、人工的に造られた道が自然に同化している。緩くカーブする道からは、遠くに国特別史跡の西都原古墳群の台地が望める。約60ha(ヘクタール)の敷地に300基余りの古墳が広がる県内でも屈指の観光地だ。こうした古墳は、記紀の道に続く広場でも目にすることができる。

記紀の道は標準幅員2.5mの歩行者専用道路。左は、稚児ケ池で住民有志が育てる古代ハス(大賀ハス)。正面奥の台地には西都原古墳群が広がる(写真:イクマ サトシ)
記紀の道は標準幅員2.5mの歩行者専用道路。左は、稚児ケ池で住民有志が育てる古代ハス(大賀ハス)。正面奥の台地には西都原古墳群が広がる(写真:イクマ サトシ)
[画像のクリックで拡大表示]
記紀の道に隣接する小広場。あずまやから古墳を見る(写真:イクマ サトシ)
記紀の道に隣接する小広場。あずまやから古墳を見る(写真:イクマ サトシ)
[画像のクリックで拡大表示]
コノハナサクヤヒメが3皇子の産湯に池の湧き水を使ったとされる児湯(こゆ)の池(写真:イクマ サトシ)
コノハナサクヤヒメが3皇子の産湯に池の湧き水を使ったとされる児湯(こゆ)の池(写真:イクマ サトシ)
[画像のクリックで拡大表示]

 設計とデザイン監理はイー・エー・ユー(東京・文京)が担当した。

 「地域住民と協働しながらベンチやサイン、マップなど、歩く人のことを考えて1つひとつ丁寧に形にしてきた。長い事業期間の中で、『使いながらつくる』『使う人とつくる』ことを実践した」。こう振り返るのは、2013年から約10年間、記紀の道づくりに携わってきた小笠原浩幸氏だ。2021年に独立して、みちくさ設計事務所(千葉市)を立ち上げ、代表を務める。

記紀の道の回遊拠点となる稚児ケ池公園南側広場。2022年3月に完成した。小笠原氏が設計に関わった(写真:イクマ サトシ)
記紀の道の回遊拠点となる稚児ケ池公園南側広場。2022年3月に完成した。小笠原氏が設計に関わった(写真:イクマ サトシ)
[画像のクリックで拡大表示]