三井物産のデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する先兵たちが奮闘している。6つの攻め筋に沿って、同社の中核事業であるエネルギーやモビリティー事業にAI(人工知能)を駆使することで、効率化と高付加価値を生み出す。既存事業の変革にとどまらず、「デジタル証券」を活用した新規事業創出にも挑む。
実物資産運用のメルカリ。三井物産デジタル・アセットマネジメントの三村晋司デジタル戦略部マネージャーは、同社が手掛けるデジタル資産運用事業の将来像をこう表現する。手持ちの物品を誰もがネットで手軽に売買可能にしたメルカリになぞらえ、実物資産運用をネットで誰もが手軽に経験できるようにするイメージだ。
デジタル資産運用を新規事業の1つに
三井物産デジタル・アセットマネジメントが手掛けるのは、STO(セキュリティー・トークン・オファリング)と呼ぶ資金調達の手法を使った実物資産運用事業だ。STOはブロックチェーンの応用例の1つで、企業や組織が「デジタル証券(セキュリティートークン、ST)」を発行し、資金を調達できるようになる。
三井物産はソフトウエア開発を手掛けるLayerXなどと共同で2020年4月に三井物産デジタル・アセットマネジメントを設立。デジタル証券を使った実物資産運用事業に乗り出した。
2021年11月、三井物産デジタル・アセットマネジメントは兵庫県神戸市にある物流センター「六甲アイランドDC」を基にしたデジタル証券の販売を開始した。同DCの信託で生み出された利益を受ける権利である信託受益権の一部を裏付け資産とし、1口あたり50万3000円の発行価格で投資を募り、STを発行した。販売は証券会社が担い、投資家は同施設の賃料収入にひも付いた配当を受け取る仕組みだ。今後は海底ケーブルなど三井物産の実物資産も活用する想定だ。
STOの活用に乗り出す狙いは、ブロックチェーン技術を生かした実物資産のアセットマネジメントを新規事業の1つに育てることだ。三井物産は同事業について、DX活動における6つの攻め筋のうちでも新規事業創出分野の1つに位置付ける。ブロックチェーン技術で発行したデジタル有価証券を通じて、国内外の不動産や社会インフラの資産運用事業の確立を目指す。
デジタル証券は既に米国など海外で取引や市場の整備などが一部進んでいたが、日本でも2020年5月の金融商品取引法および関連する政令の改正施行によりセキュリティートークンが規定され、法令に準拠した取り扱いが可能となっていた。
不動産STOの特徴は、ブロックチェーンを使うことで投資を小口化できることだ。三村マネージャーは「投資を小口化していき、数万円ぐらいまでにしたい」と話す。
日本銀行が発表した2021年の「資金循環の日米欧比較」によると、株式・投資信託などへの投資は日本が14.3%と、米国の51%、欧州の27.8%に大きく出遅れている。日本は欧米に比べて資産運用が消極的で、貯蓄に回されてきた現状がある。「家計の金融資産は2000兆円近くあるが、半分は利回りがゼロに近い状態で眠っている」(三村マネージャー)。
三井物産はデジタル証券を活用して投資のハードルを下げることで、潜在的な個人投資の需要を取り込む狙いがある。さらに三井物産の実物資産である不動産やインフラなども活用できれば、リスクの伴うインフラ事業の投資のハードルを下げられると見込む。
従来の不動産やインフラを扱う投資は、プロの投資家を対象に最低でも1億円単位で行うことが多かったという。デジタル証券はブロックチェーン技術を活用することで証券化に伴うコストを抑えられるメリットもある。2024年をめどに1000億円規模の資産運用を目指す。