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 日立製作所は、同社中央研究所(東京・国分寺)にある「協創の森」にローカル5G(第5世代移動通信システム)の通信環境を構築して、その有効性を確認(図1*1。ローカル5Gを活用した新技術の開発などに取り組んでいる*2

図1 日立製作所中央研究所
図1 日立製作所中央研究所
(出所:日立製作所)
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*1 協創の森 日立製作所がSDGsやSociety 5.0の実現に向け、イノベーションを加速させるために2019年4月から運用を開始した研究開発拠点。
*2 プライベートLTEの通信環境を2020年6月に、ローカル5Gを20年10月に導入している。

 同社研究開発グループデジタルサービス研究統括本部デジタルプラットフォームイノベーションセンタプロジェクトマネージャの奥野通貴氏は、この取り組みについて「ローカル5Gが社会を変える原動力になり得るのか、具体的に何ができるのかを検証するのが狙いだ」と話す。

 後述のように実証実験では、ローカル5Gの通信ネットワークを活用すると、製造現場の業務を効率化できることを示す結果が出た。ただし、有効なネットワークを構築するためには、利用者が通信ネットワークに求める用途やスペック、現場の環境などを洗い出す「アセスメント」が必要。協創の森での実証実験の結果をみる限り、ローカル5Gの有効活用には十分な事前準備が不可欠と言えそうだ。

高信頼・高品質で低遅延の通信環境を

 同社は協創の森で2020年10月から、遠隔地からAR(拡張現実)の映像を送信して作業者を支援するアプリケーションの検証に取り組んでいた。この検証では、システムの運用に必要な、信頼性が高く低遅延、かつ高品質な通信環境を構築できるとの結果を得た。具体的には、データ伝送の際に1パケットが正常に受信されるか否かを示すパケット誤り率が0.0001%。遅延時間が50m秒以下だった。

 検証は、多品種少量生産の製造現場を模した試験場で実施。専門的知識がない作業者でも、作業者を支援するアプリ―ケーションを1分以内で配備できた。従来は、現場のパソコンやコントローラに手作業で設定するなど事前準備の必要があり、1時間以上を要していた。この実証実験の結果によって、製造ラインの機能変更が頻繁に発生する製造現場でも、長時間停止させずに、5Gを活用したシステムの導入・運用が容易にできると確認した。

 22年3月にはNTTドコモと共同で、スタンドアローン(SA)方式*3のローカル5Gによる通信ネットワークを用いて、工場における組み立て作業の作業指示を表示する「AR組み立て支援ナビ」の実証実験を実施(図2)。プライベートLTE*4では困難だったAR組み立て支援ナビの安定稼働を実現した。

図2 AR組み立て支援ナビのシステム構成イメージ
図2 AR組み立て支援ナビのシステム構成イメージ
実験現場で撮影した映像を、5GでNTTドコモのクラウド上にあるMECに伝送。AIで分析・判断した作業指示などを同じく5Gで伝送し、プロジェクションマッピングによって作業台上に投影する。データは、SAの5GとNSAの5Gという2つのルートでやり取りし、データ伝送が途切れるリスクを回避した。(出所:日立製作所)
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*3 スタンドアローン(SA)方式 5G専用に開発された5G基地局単独で制御信号やデータなどを通信できる方式。通信事業者の5G基地局が十分に設置されていない時期は、LTE(4G)の基地局からデータを受信したり、LTE向けの設備を流用したりするために、LTE用に開発された設備を拡張して5Gの通信ネットワークを構築するノンスタンドアローン(NSA)方式を採用していた。2021年10月からソフトバンクが、同年12月からNTTドコモがSA方式による5Gの通信サービスを提供している。
*4 プライベートLTE 免許を取得した者が限定された範囲で独自に4G通信ネットワークを構築できる仕組み。言うなればローカル4G。LTE(Long Term Evolution)はもともと「第3世代通信規格」(3G)を長期的に進化(Long Term Evolution)させた規格という意味だったが、現在は第4世代通信規格(4G)を意味する。

 AR組み立て支援ナビはARを活用し、プロジェクションマッピングを用いて部品の組み立てなどの作業を指示するシステムだ(図3)。

図3 AR組み立て支援ナビの実証実験
図3 AR組み立て支援ナビの実証実験
作業者が自らの作業者タグ(QRコード)をかざすと、システムが「どの作業員が何の作業をするか」を認識。文字や矢印などのサインをプロジェクターで投影して作業を指示する。(出所:日立製作所)
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 作業台の上部に設置したカメラで作業者の動きを撮影。その映像データをNTTドコモのクラウド上にある、人工知能(AI)機能を持つMEC(Multi-access Edge Computing)*5に送信する。映像データを受信したMECはリアルタイムでその映像を分析し、作業台上に設けたプロジェクターによるプロジェクションマッピング*6で次に取るべき行動を指示。作業者が指示通りに作業すると次に進める。作業を誤るとエラーが表示されて次に進めない。経験の浅い作業者でも、日本語を読解できない外国籍の作業員でも円滑に作業を学習・習得できることを狙ったシステムだ。

*5 MEC ETSI(European Telecommunications Standards Institute:欧州電気通信標準化機構)が定める標準規格にのっとったエッジコンピューター。
*6 プロジェクションマッピング プロジェクターを使用して凹凸のある立体物などに、その形状に合わせて映像を投影。見ている人は、投影された立体物に凹凸があるにもかかわらず文字が読めたり、映っているものを正確に認識できたりする。

 このシステムの「安定稼働」の主な要件は、MECが前工程の作業完了を検知してから次工程の作業指示を投影するまでの応答時間にある。検証の結果、5Gで通信した場合の応答時間は1.5秒だった。プライベートLTEを用いた実証実験では4.2秒だったので2.7秒短縮できた計算になる。

 「分析から投影まで、作業者がいらいらせずに待てるのは3秒程度と想定。目標値を3秒と設定していたが、その目標値よりも1.5秒短かった」(日立製作所の奥野氏)。