食品業界にDX化の波が押し寄せている。例えば、食品の味を定量化する味覚センシング技術だ。試作品の分析というこれまでの用途に加えて、センシングされた味情報をデータベース化し、マーケティング分析や料理のリコメンドサービスに用いる動きが出てきた。その他にも、舌への電気信号による味の再現、3Dプリンターでの食品製造など、斬新なアイデアで食の課題を改善する研究開発が進行中だ。
「近年は消費者のニーズが多様化し、商品の開発・販売サイクルが短くなり、商品企画や開発において『経験と勘』のみでは難しい時代になってきた。それらを裏付ける味データが重要になる」(伊藤忠商事)
味覚センサーは、人間の舌を模倣した仕組みによって、食品に含まれる様々な基本味の強さを測ることができる。これまでは食品開発工程における味分析で用いられてきたが、今後は各商品のセンシングデータをデータベース化し、解析して活用する動きが強まっていきそうだ(図1)。
その理由は、前述の伊藤忠商事の発言のように、食のパーソナライズ化が進んでいるからである。食のパーソナライズ化とは、「誰がどんな食品を購入しているのか(好むのか)」を分析し、個人の健康状態などの観点から、最適な食品を提案するコンセプトのこと。食品購買データを基に、栄養素の偏りがないかなどを分析するツール「SIRU+(シルタス)」などが一例だ。こういった食のパーソナライズ化に、今後は味情報も組み込まれ、消費者ニーズに基づいた味の提案が出てきそうだ。
第1回の記事では、こういったサービスの技術的な基盤となる味覚センサーを紹介する。
基本5味で食品の味を測定
AISSY(東京・港)は味覚センサー「レオ」を開発し、食品メーカーから味の受託分析やコンサルティングなどを行っている(図2)。
味には、光の3原色と同様に基本となる味がある。「酸味」「塩味」「甘味」「苦味」「旨味」の5つで、これらを合わせて基本5味という。食品に含まれる基本5味の強さが分かれば、その食品の味を推定できる。基本5味の強さを知る手掛かりとなるのが、食品に含まれる成分だ。人間が塩味や甘味を感じるのは、舌の味細胞にナトリウムイオン(Na+)や糖などが受容されるからである。したがって、ある物質に含まれるNa+や糖などの物質量を検知すれば、塩味や甘味の強さを推定できる。
同社の味覚センサーは、各基本味に対応した5種類のセンサーが使われている。まず、酸味と塩味は、水素イオン(H+)やNa+といったイオンに由来するため、酸味センサーと塩味センサーは、それらのイオンの受容体である。受容体がイオンを受けると、電極の内外に電位差が生まれる。この大きさを測定して物質量を検知する仕組みだ。ポテンショメトリック法という。
一方、甘味は、イオンでなくフルクトースなどの分子に由来している。分子のため電荷を持たず、受容体がそれらを受容しても、電位差は生じない。そこで、センサー面に、特定の分子を酸化還元反応させる酵素を搭載した。センサーに受容された糖を酸化還元し、電子を発生させる。電極に流れる電流量の大きさを検知して、物質量を求める。これをアンぺロメトリック法という。苦味と旨味は、イオンと分子の両方に由来するため、各センサーには両方の方式を採用した。
こうして各成分データを取得した後、ニューラルネットワークで味の相互作用を考慮したり、人の官能データと照らし合わせたりして解析し、基本5味のデータを出力する。
AISSY代表取締役社長の鈴木隆一氏によれば、アンぺロメトリック法を味覚センサーに搭載したのは同社だけという。「測定が困難な甘味を非常に高い精度で測れるのが強み」(同氏)とする。もともとアンぺロメトリック法は、バイオセンサーなど医学分野で培われてきた技術で、ポテンショメトリック法と比べて機器の実装が複雑で難しい。慶応義塾大学発のベンチャーである同社は、学内の応用化学系や医学系の知見を生かして実用化にこぎつけた。
同社はこれまで、キリン「生茶」の旨味と苦味のバランスを定量的に測ったり、白米の精米法ごとの味の違いを分析したりするなど、数多くの食品や飲料品の製品開発をサポートしてきた。