全3988文字
PR

 CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)へ突き進む自動車・モビリティー産業において、内燃機関系の部品をこれまで事業の主軸にしてきたメーカーは、急いで次の事業の柱を構築する必要に迫られています。既存事業が先細りになる前に、自社が培ってきた強い技術を活用して新規事業を立ち上げなくてはなりません。その際にキーとなるのは、コア技術をつかさどっている開発関連の部門(研究、開発、設計、生産技術)です。

図1 自動車・モビリティー産業における部品メーカーの課題
図1 自動車・モビリティー産業における部品メーカーの課題
次のビジネスへ経営資源をシフトするには、エンジニアリングチェーン領域の改革がキーになる。(出所:PwCコンサルティング)
[画像のクリックで拡大表示]

 ところが部品メーカーの開発部門の現場には、新規事業の立ち上げや次世代技術の開発を妨げるさまざまな問題が見受けられます。筆者らが開発現場のコンサルティング案件でよく遭遇するのが、

  1. “手戻りバタバタ開発” が改善されない
  2. “悪魔のスパイラル”を断ち切れない
  3. 本来かけるべき業務に工数が投入できていない
  4. 「忙しくて変革どころではない」という開発現場の実情
  5. 業務改革を手掛けるスタッフ部門の機能不全

といった問題点です。

 本コラムでは、部品メーカーの視点でこれらの問題を解消するための“開発イノベーション”の具体的な方法を説明します。その前にまず問題の実態をよく整理しておきたいと思います。

“手戻りバタバタ開発”が改善されない

 部品メーカーでは、検討がある程度進んでからのトラブル発覚とやり直しの連続でバタバタと余裕のない製品開発プロジェクトが数多く存在します。製造業でフロントローディング、すなわち開発初期段階での検討を深める考え方が提唱されて既に30年以上が経過し、リスク抽出やDR(デザインレビュー)、評価・実験、アジャイル開発といった業務の高度化や、CAD/CAEやIDE(統合開発環境)といったツールの高度化が進展しました。しかし部品メーカーでは、完成車メーカーに比べるとフロントローディングの進み方に差がある場合が見受けられます。製品の多様化、大規模化、複雑化のスピードが圧倒的に速く、顧客の要求水準は高まるばかりで、業務やツールの改革・改善がなかなか追い付きません。

 そこに、技術者不足とベテラン技術者の退職が重なり、業務と技術の理解が不足して拙速で表層的な設計対応、場当たり的な業務改善が目立つようになりました。多くの業務が「思考的」ではなく「作業的」に行われるようになった結果、品質問題や各種トラブルの解決に多くの時間を要するようになりました。

図2 改善されない“手戻りバタバタ開発”
図2 改善されない“手戻りバタバタ開発”
「このような状態がかれこれ20年以上続いている」といった状況の部品メーカーをよく見かける。(出所:PwCコンサルティング)
[画像のクリックで拡大表示]

“悪魔のスパイラル”を断ち切れない

 このバタバタと余裕のないプロジェクトは、常態化して繰り返し発生してしまいます。特に自動車部品メーカーには繰り返しを断ち切れない事情があります。

 部品メーカーは、顧客である完成車メーカーなどから非公式な形で次期製品の開発に関する相談をしばしば受けます。正式な提案依頼(RFP)を受領するのは、共同での構想をある程度進めて、具体化がそれなりに進んだ段階です。部品メーカーにとって、この引き合い対応からRFP受領までは部品の品質・コストの多くの部分が確定して受注可否が決まる極めて重要な段階であり、かつ技術的な難易度が最も高い局面です。

 従ってここには、エース級の技術者の工数を多く投入すべきです。ところが、それが十分にできないケースが現実にはしばしば見られます。その前の時期に開発した部品のQCD(品質、コスト、納期)の水準が低くてトラブルが発生し、そちらの対応にエース級技術者を取られてしまうからです。量産時期が迫った部品のトラブルは最優先で対応せざるを得ません。

 そうなると、RFPの前に十分な検討ができず、闇雲に受注しても顧客の要求仕様と価格のバランスが合わない、コスト削減施策が見いだせない、などといった問題を抱えてしまいがちです。最初から問題山積みの状況で開発を進め、顧客の開発日程を何とかキープしようとすると、品質・コストのつくり込みやプロジェクト管理などがおろそかになり、量産手配図出図といった重要な節目で品質問題が生じて、突発対応が必要になります。顧客とのミーティングにも準備が不十分な状態で臨まざるを得なくなり、顧客からの質問や指摘に適切に回答できず、試作や評価の追加案件が突発的に生じることもあります。開発メンバーだけならまだしも、工場も巻き込むことになり、開発プロジェクトは炎上状態になっていきます。

 その火消しが最優先になって、エース級技術者の工数を取られると、さらにその次の部品のRFP前の検討が不十分になり、同じことが繰り返されてしまいます。マネジャー層も顧客のクレーム対応に奔走して、本来の管理業務を十分に担えません。営業、開発、工場を含む組織全体が疲弊し、収益の悪化や、希望を持てなくなった若手の退職といった問題に発展する場合さえあります。

図3 断ち切れない“悪魔のサイクル”
図3 断ち切れない“悪魔のサイクル”
(出所:PwCコンサルティング)
[画像のクリックで拡大表示]