「NTTドコモが基地局を設置する鉄塔約6000本を売却」――。2022年3月末、そんな衝撃のニュースが業界を駆け巡った。携帯電話事業者にとって競争の源泉である基地局の設置場所(ロケーション)を手放すという、これまでの国内事業者の常識を覆す一手だ。ドコモの鉄塔約6000本を約1000億円で入手するのは、国内で設備共用ビジネスを手掛ける新興企業のJTOWER。ドコモの鉄塔6000基を元手に、複数事業者で鉄塔をシェアする設備共用(インフラシェアリング)ビジネスを国内で一気に広げる計画だ。国内で急速に動きだした「基地局トランスフォーメーション(変革)」の動向に迫る。
日々の通話からメッセージのやりとり、決済など人々の生活に欠かせなくなった携帯電話機。NTTドコモとKDDI、ソフトバンクの大手3社は日本全国どこでも使えるようにするために、それぞれ20万〜40万局の基地局を設置する。各社の総投資額はそれぞれ累計数兆円規模に達している。
郊外では半径数キロメートル以上の広域をエリア化するために、各社が基地局用の鉄塔を建設している。高さは30〜50メートルであり、地震や風圧に耐えられるアングルトラス形式で建設することが多い。1本あたりの費用は5000万円前後に上るといわれる。
基地局用の鉄塔は、4Gの人口カバー率99%超に達した各社の競争力を支える重要設備だ。NTTドコモとKDDI、ソフトバンクの3社は、2006年のMNP(モバイル番号ポータビリティー)導入以降、いち早くエリアを広げるために、競い合うように基地局用の鉄塔を建設した。その結果、郊外では同一地域に各社の鉄塔が立ち並ぶ風景を見ることも珍しくない。
「エリアの広さは、もはや競争力の源泉ではない」
そんな虎の子とも言える基地局用の鉄塔を、NTTドコモは売却する。一体、どういうことか。
NTTドコモネットワーク本部無線アクセスネットワーク部長の平本義貴氏は理由について、「エリアの広さは、もはや競争力の源泉でなくなっている。設備共用(インフラシェアリング)を活用し、効率的な運用を図りたいというのが鉄塔売却を決めた大きな目的だ」と打ち明ける。
4G時代に大手3社が競い合ってエリアを広げたことで、大手3社の人口カバー率は99%を超えた。その結果、利用者が大手3社のエリアの広さの違いを意識することが少なくなった。
それならば、中立的な事業者に鉄塔の運用を任せ、各社で設備を共用することによって割り勘効果を生み出し、ネットワーク投資を効率化したほうがよい。「今後、5Gの新周波数帯でも人口カバー率90%超へと広げる必要がある。環境負荷軽減が求められる中、地方を含めて4事業者が鉄塔を建てる時代ではない」と平本氏は続ける。
NTTドコモの鉄塔約6000本を、約1000億円もの資金を投じて取得するのがJTOWERだ。同社は国内で設備共用ビジネスを手掛ける新興事業者である。ビルなど屋内設備に共用アンテナを設置し、携帯各社に対して相乗りを促すことで賃料を得るというビジネスモデルである。ビルオーナーにとってはアンテナ設置工事を一度で済ませられるメリットがある。携帯電話事業者にとっては、割り勘効果によって、参画する事業者が増えれば増えるほど設備投資や工事費を抑えられるという利点が生まれる。
そんなJTOWERは、ドコモから取得する約6000本の鉄塔を使い、屋外の設備共用ビジネスを本格化する。NTTドコモはJTOWERに売却した鉄塔を、そのまま長期利用する計画を結ぶ。
JTOWERはドコモ以外の携帯各社に対しても取得した鉄塔の利用を促す。複数社で鉄塔を相乗りすることで、どんどん賃料を下げていくというビジネスモデルを描く。鉄塔の運用には、毎月土地の借用費用がかかっているほか、塗装費などのメンテナンス費用も大きな負担という。相乗りする事業者が増えれば増えるほど、割り勘効果によってこれらの費用が1/2、1/3と減っていく。
ドコモの平本氏は「(JTOWERとの)長期利用の賃料について、現状で十分メリットがある条件を得られた」と打ち明ける。詳細は非公表とするものの、割り勘効果が発生しない1社利用の時点でも、現状よりも運用費が抑えられるもようだ。