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AR/VR向けの超高精細有機ELディスプレーを、マイクロLEDディスプレーの製造プロセスで作製する新技術が登場してきた。従来のFMM(ファインメタルマスク)における微細化と大型化についての2つの限界を大きく超えられるメリットがある。開発をけん引するのは富士フイルムやジャパンディスプレイ(JDI)、半導体エネルギー研究所(SEL)など日本の企業である。

 中~大型のディスプレーの次世代技術として、中韓の大手ディスプレーメーカーの多くが本命視するのが、インクジェット印刷法によるQD-ELディスプレーだ。素子構造はRGB塗り分け型の有機EL(OLED)だが、発光層にはQDを利用する技術である。広色域、高輝度のディスプレーを低コストで製造できる可能性が高い。

 ただし、この技術も万能ではない。精細度を高められない弱点があるからだ。「インクジェット印刷法では200ppi(pixels per inch)がほぼ限界」(韓国Samsung Display)。200ppiでは、AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)といった急成長する見通しの超小型ディスプレー向けとしては、まったく精細度が足りない。

AR/VR向けでは4000ppi超が必要に

 例えば、米Meta Platforms(メタ・プラットフォームズ)は、Display Week 2022の基調講演などで、「AR/VR向けでは少なくとも3000ppi。ヘッドセットのレンズ技術の刷新も想定すると、4000ppi以上の精細度が望ましい」と訴えた(図4)。

図4 今後のVRには4000ppi以上が必要
図4 今後のVRには4000ppi以上が必要
ディスプレーと目の距離とディスプレーに必要な解像度の関係を示した。赤い線より左下は事実上ぼやけて見える領域になる。精細度が200ppi程度のパソコンのディスプレーでも約400mm離れていれば十分明瞭な映像が見えるが、30mm以下に近づいて見る場合は、3000ppi近い精細度がなければ映像はぼやけてしまう。従来のVR製品の映像は視力が0.2~0.3相当の目で見た映像だった。今後はVRで使うレンズが改良されて目とディスプレーの距離が20mm以下に縮まる見通しで、ディスプレーの精細度は4000ppi以上が必要になる。(図:Meta Platformsのデータを基に日経クロステックが作成)
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 この精細度を実現できるディスプレー技術は現時点では、マイクロLED、そして白色OLED(WOLED)+カラーフィルター(CF)の2種類がある。ただし、実用化にはそれぞれ別の課題を抱えている。

さらなるコスト圧縮は多難

 超小型マイクロLEDディスプレーの高精細化自体は順調に進んでいる。例えば、今回のDisplay Week 2022では、台湾PlayNitride(プレイナイトライド)が0.49型で4536ppiと超高精細のマイクロLEDディスプレーを出展した。米Vuzixは2022年半ばに量産予定のARグラス「Vuzix Shield」に、緑色単色とはいえ、やはり超高精細のマイクロLEDディスプレーを採用した(図5)。シャープもフルカラーで3000ppiの0.13型マイクロLEDディスプレーを試作済みだ。

図5 高精細マイクロLEDがいよいよ製品に
図5 高精細マイクロLEDがいよいよ製品に
Vuzixが2022年半ばに発売予定のARグラス「Vuzix Shield」とのその重畳映像(a)。4KのマイクロLEDディスプレーを用いて高精細映像を両目に表示することで、3次元(3D)映像を見せる。ディスプレーの精細度は公表していないが、数千ppiはあるもようだ。ただし、色は緑色単色である。シャープの子会社シャープ福山セミコンダクター(現シャープセミコンダクターイノベーション)が2019年末に発表した1053ppiの0. 38型フルカラーマイクロLED(b)。素子構成は青色LED+CFだが、QDで色純度を高め、サブピクセル間の側壁を強化して色のクロストークも大幅に抑制した。ただし、画素数は352×198画素と少ない。2020年末には、同じ画素数で寸法を0.13型にまで縮小し、フルカラーで3000ppiを実現したとする。(写真:(a)日経クロステック、(b)はシャープ福山セミコンダクター)
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 一方で、マイクロLEDには解決が容易ではない大きな課題がある。製造コストの高さだ(図6)。

図6 モノリシック型LEDアレーの製造プロセスは高コストかつ複雑
図6 モノリシック型LEDアレーの製造プロセスは高コストかつ複雑
AR/VR用途向け高精細マイクロLEDの作製方法の例。数千ppiの高精細マイクロLEDは発光素子を1個1個作って並べるという手法はとれず、ウエハー上に形成したLEDをリソグラフィーでパターニングして作製する。緻密で多層の結晶成長やGaAs基板からSi基板への基板の付け替えに相当の手間とコストがかかる。また、パターニングによる材料の利用効率の低さも課題になる。(図:Zhao,Y. et al.,“2000 PPI silicon-based AlGaInP red micro-LED arrays fabricated via wafer bonding and epilayer lift-off,” Optics Express,vol. 29, Issue 13, pp. 20217-20228,2021. のデータを基に日経クロステックが作成)
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 マイクロLEDの製造コストの高さはこれまでは小さなLEDを多数、大面積のディスプレー基板上に並べるコストに依存すると言われてきた。ところが、最近はいわゆる「Mass Transfer」と呼ばれるスタンプ転写法によってその部分のコストは相当程度圧縮され、「マイクロLEDディスプレーの製造コスト全体の10%」(PlayNitride)にまで低減した注6)

注6)ただし、このMass Transferの歩留まり率の低さは依然として大きな課題である。LED素子の歩留まり率は現在99.9%程度。一見高いようだが、1000個のLEDを転写すると1個失敗する確率で、約600万個のLEDを並べる2Kのディスプレーでは6000個の画素欠陥が出てしまう。実用化のためには、99.9999%(100万個に1個以下)の歩留まり率を達成する必要がある。

 これに対して、LEDを作るコスト自体はそれほど下がっておらず、「製造コストの大部分を占める」(同社)と言う。

 具体的には、高価なガリウムヒ素(GaAs)基板上に多数の結晶層を緻密に形成していくエピタキシャル成長というプロセスや、その基板をシリコン(Si)基板に取り換えるプロセスなどのコストだ。プロセスが非常に複雑で、しかも大量のエネルギーを消費するため、コストの大幅低減は容易ではない。

 しかも、エピタキシャル成長させる部分の多くは、できてしまえば発光にとって本質的に必要ではなく、発光層を支える“足場”や“配線”の意味しか持たなくなる。そこにコストをかけざるを得ないのは、マイクロLEDにとって大きな弱点といえる。