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 化学メーカーなど日本の大手製造業が、人工知能(AI)をはじめとする情報科学の手法を応用し、材料開発の効率を高めるマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を加速させている。製造業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の中核として、全社を挙げてMIに取り組み始めているのだ。

 例えば旭化成は2019年に「MI推進センター」を設立し、これまでに全社で600人以上のMI人材の育成してきた。また同社はMIに必要となるデータを蓄積するためのデータ管理基盤の構築などを進めている。

 三菱ケミカルホールディングスがグループ全体でMIを推進する「マテリアルズ・インフォマティクス CoE(Center of Excellence)」を発足させたのは2018年6月のことだ。住友化学は2019年4月に全社的なDX部門として「デジタル革新部」を新設。社内のデータサイエンティストを同部に集結させて、MIの取り組みを加速させている。

 AGCは2019年7月に全社的なMIの取り組みである「スマートR&D」を始めた。日本ゼオンも2021年6月に「デジタル研究開発推進室」を設け、全社的なMI推進を始めている。

 MIとは、機械学習などを活用して材料開発の効率を高める取り組みだ。過去の実験データから機械学習モデルを開発し、材料候補の構造や組成からその機能や特性を予測したり、ある機能や特性を満たす材料の分子構造や組成などを予測したりする。前者の機能や特性の予測は「順解析」、後者の分子構造などの予測は「逆解析」と呼ぶ。

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の概要
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の概要
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ゴムを加工する「レシピ」をAIが提案

 自動車用タイヤなどに使う合成ゴムを製造する日本ゼオンは、タイヤメーカーなどの顧客向けに提供するゴム加工の「レシピ」の開発にMIを応用した。

 日本ゼオンが顧客に販売するのはあくまでも素材であり、それを自動車用タイヤなどに加工するためには、可塑剤と呼ばれるゴムを柔らかくする油を混ぜたり、ゴムを丈夫にする老化防止剤や補強材、硫黄などの架橋材を配合したりする必要がある。素材に対して何を混ぜればどのような機能が現れるかを顧客に示すのがレシピの役割だ。

 日本ゼオンは2019年、社内に蓄積していた約200万件の実験データや約10万件のレシピデータを活用して、顧客がタイヤなどに要求する特性からレシピを逆解析する機械学習モデルを開発した。この機械学習モデルを使うことで「顧客からレシピの要求があったら、それに対するファーストリプライ(最初の返事)でレシピを提供できるようになった」(日本ゼオンの高橋和弘デジタル研究開発推進室長)。

 従来は顧客からレシピを要求された際には、技術者が1週間ほどの時間をかけてレシピを開発していた。最終的なレシピは日本ゼオンと顧客が様々なテストを繰り返して作るわけだが、MIを活用することでビジネスのスピードを大きく改善できた。

 こうしたビジネスのスピードアップこそが、大手メーカーがMIに取り組む最大の動機だ。内発的な動機だけではない。競合がMIによってビジネスのスピードを上げるのであれば、自社も対抗策としてMIに取り組まざるをえない。住友化学の金子正吾デジタル革新部長は「事業をとりまく環境変化は加速する一方だ。従来のように時間をかけた材料開発が厳しい状況にある」と危機感を示す。

日本企業に共通するMIの課題とは

 大手メーカーが力を入れるMIだが、各社の取り組みを取材すると、共通の課題が浮かび上がってきた。それは実験データに関する問題だ。