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 マテリアルズ・インフォマティクス(MI)を成功させるには、従来よりも多くの実験データが必要だ。そこでMIに取り組むメーカーは、実験の回数を大幅に増やす取り組みを始めている。ポイントはロボティクスとスーパーコンピューターの活用だ。

 現在、大手化学メーカーなど日本企業はMIにおける機械学習手法として、線形回帰やベイズ最適化、決定木、ランダムフォレストといった深層学習(ディープラーニング)以前の手法を主に使っている。

 近年、画像認識や自然言語処理などの分野ではディープラーニングが大きな成果を上げている。しかし日本メーカーのMIにおいては、ディープラーニングの活用はまだ進んでいない。「ディープラーニングを活用するには、教師データとなる実験データが大量に必要だ。当社にはそこまでのビッグデータがない」。あるメーカーのMI担当者はそう打ち明ける。

 別のメーカーのMI担当者は「MIに使用する機械学習モデルの記述子(特徴)は、科学者が設計すべきだと考えている」と主張する。ディープラーニングは、機械学習モデルの特徴をコンピューターがデータの中から探し出す手法である。

ディープラーニング活用にはより多くの実験データが必要

 しかしアカデミアが進めるMI研究では既に、ディープラーニングが成果を出し始めている。また日本メーカーでも「若手技術者はまずディープラーニングを使いたい、と考える傾向がある」(あるメーカーのMI担当者)。

 今後、MIはディープラーニングの活用も視野に入れて進める必要がある。そもそもMIは「データ駆動型科学」と呼ばれ、データが多ければ多いほどより良い成果が得られる傾向がある。こうした事情を背景にMIに取り組む日本メーカーは、MIのために実験の数を増やす取り組みを始めている。

 実験の数を増やす手法としては、物理的な実験を増やす手法と、コンピューターによる実験のシミュレーション、つまりは仮想的な実験を増やす手法がある。

ロボティクスで実験を自動化

 まずは物理的な実験を増やす手法を見ていこう。人間が担ってきた実験プロセスを、ロボティクスなどによって自動化し、単位時間当たりの実験回数を増やそうとする「ハイスループット実験」「自動実験」が進行中だ。

 ハイスループット実験や自動実験では、材料候補となる試薬の合成や、合成した試薬のろ過・精製、材料候補の物性の測定などの実験プロセスを、ロボティクス技術を組み込んだプログラム可能な実験装置によって自動化する。

図 ハイスループット実験の概念図
図 ハイスループット実験の概念図
(写真提供:エーエムアール)
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 さらに一歩進んで、実験結果をAI(人工知能)が評価し、次からの実験内容をAIが調整するケースもある。このように人間を介在させずに実験サイクルを進める手法は「自律実験」と呼ぶ。

 日本メーカーがまず取り組んでいるのは、自動測定器の導入といった測定プロセスの自動化だ。本連載の第2回で紹介したデータ・マネジメント・プラットフォームに自動測定器をつなぎ込んで、実験データを自動的にデータベース(DB)に蓄積する。

有機半導体レーザー材料の開発に応用

 さらに三菱ケミカルは、自動実験や自律実験の導入に向けた検討を進めている。同社の研究員を2019年から2年間、MIの研究で著名なカナダ・トロント大学のAlan Aspuru-Guzik(アラン・アスプル・グジック)教授の研究室に派遣し、自動実験の研究に取り組ませた。

 三菱ケミカルでサイエンス&イノベーションセンターのマテリアルズ・デザイン・ラボラトリーに所属する堀田一海主任研究員がアスプル・グジック教授の研究室で取り組んだ研究は、有機半導体レーザーの材料候補を絞り込む実験において、材料候補の合成から精製、物性評価までを全自動化するものだ。

 まず、九州大学の安達千波矢教授が開発した有機半導体レーザー材料の一部を組み替えて、40個の材料候補を作り出した。この研究には安達教授も参加している。続いて材料候補の試薬は、スイスのChemspeed Technologies(ケムスピードテクノロジーズ)が開発した試薬合成ロボットが合成した。